スパーク
寺田寅彦
一
当らずさわらずの事を書こうとするとなかなか
二
新しい学説が学界から喜んで迎えられるならば、それはその説がその当代の学界の痛切な要求にうまく適合するからであることは明らかである。もう十年も前から世界中の学者が口をもぐもぐさせて云おうとしていたが、適当な言葉が出て来ないので困っていたところへ、誰かが出て来て、はっきりした言葉でそれをすぱりと云って
三
すべての破片がことごとく揃ってそれが完全に接合される日がいつかは有限な未来に来るであろうと信ずるか、あるいはそれには無限大の時間を要すると思うかは任意である。しかしどちらを信ずるかでその科学者の科学観はだいぶちがう。孔子と老子のちがいくらいにはちがいそうである。
四
新しいもの好きの学者があるとする。新しいおもちゃを貰った子供が古い方を
五
科学の進歩を促成するのはもちろん科学者であるが、科学の進歩を阻害するのもまた科学者自身である。学者を尊敬しない世人、研究費を出し惜しみする実業家、予算を通さない政府の官僚、そう云ったようなものがどれだけ多くあっても科学の進歩する時はちゃんとするのである。
科学を奨励する目的で作られた機関が、自己の意志とは反対に、一生懸命科学の進歩を妨害しているという悲しむべき結果になる事もあるようである。これがいちばん困る。
科学も草木ものびのびと自由に生長させる方がよいようである。少しくらい雑草も生えても、いい木はやはり自然に延びる。下手な植木屋が良い木を枯らす。
科学者が利口になると科学は進歩を中止する。科学者はみんな永久に馬鹿でありたい。
六
理学部会委員に約束しておいたのを忘れていて、今日最後の
底本:「寺田寅彦全集 第三巻」岩波書店
1997(平成9)年2月5日発行
入力:Nana ohbe
校正:noriko saito
2004年8月13日作成
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