卍(まんじ)その十九(一部抜粋) 谷崎潤一郎

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まんじ
その十九(一部抜粋) 谷崎潤一郎
 
 
 

……承前…… 
 
 
「結局僕とお姉さんとはかたき同士にさされてるのんですが、僕が負けるのんにきまってます」いいますよって、「私はそない思えしません。光ちゃんと私とはなんぼ熱烈に愛し合うてたかて自然にそむいてるさかい、もし孰方どっちぞが捨てられるいうことになったら私の方が捨てられます。光ちゃんの家の方にしたかて、あんたには同情しやはりますやろけど、私に同情してくれる人誰もあれしません」いいますと、「けどお姉さんのは、その不自然という点に強味あると思います。何でやいうたら、異性の相手さがそ思たら僕以外にもなんぼでもあるけど、同性の相手やったらお姉さんの代りになる人外にちょっとあれしません。そやさかい僕はいつでも捨てられるけどお姉さんは捨てること出来ません」いうて、――あ、そうそう、そればっかりやあれへん、同性の愛やったらどんな男と結婚したかて、続けて行かれる。夫が何人変ったかてちょっとも影響せえへん、そしたらお姉さんと光ちゃんの愛は夫婦の愛よりも永久不変やいうて、「ああ、ああ、僕は何ちゅう不仕合わせな男でしょう」と、またしても例のセリフ繰り返すのんです。そいからしばらく考えてて、「なあ、お姉さん」いうて、「僕、お姉さんに正直なとこ聞かしてもらいたいのんですが、光ちゃんが僕を夫に持つのんと、外の男持つのんと、孰方の方をお姉さんは望まれますか」いいますよって、そら私かてどうせ光子さん結婚しやはるのんやったら、前から事情知っててくれる綿貫と一緒になりやはる方が都合ええのんにきまってますさかい、そないいいますと、「そしたら僕とお姉さんとは敵同士になる理由あれしませんやないか」いうて、もうこれからは同盟しょう、そして焼餅みたいなん焼くのん止めて、お互に助け合うて馬鹿な目エにわされんようにしょう。――なんせ今までは二人離れてたために光子さんの思うままに利用しられた。そやさかいこれからはちょいちょいそうッと会うようにして連絡取って行こやないか。尤もそないするのんには二人が完全に諒解りょうかいし合うて、互の立ち場認めんといかん。光子さんのいいぐさ真似まねシするのんやないけど、同性の愛と異性の愛とはまるきりたちが違う思たらなんにも嫉妬することあれへん。ぜんたいあんな綺麗な人たった一人で愛そいうのんが間違うてる。五人も十人も崇拝する人あったかて当り前やのんに、二人で占領するいうのん勿体もったいない。それも男やったら自分一人や、女やったら私だけやいう工合に考えたら、世の中に自分らほど幸福なもんあれへんやないか。二人ともそない思て、その幸福いつまででも自分らだけが握ってて外の人に取られんようにしたらええのんやいうて、「どないです、お姉さん」いいますよって、「あんたさいその気イなら、私かて約束守ります」いいましてん。「僕、お姉さん味方になってくれなんだら、ぱっと世間に知れ渡るようにして、自分もあかんようになる代り、お姉さんかてあかんようにしたげよ思てたのんですけど、それ聞いてほんまに安心しました。光ちゃんのお姉さんやったら僕に取ってもお姉さんです。僕女きょうだい一人もないのんで、お姉さん親身の姉や思て大事にしますさかい、お姉さんもどうぞほんまの弟や思て、何でも思い余ることあったら遠慮のう打ち明けて下さいませんか。僕ちゅう人間は、敵になったらどんな恐いことでもする代り、味方になったら命投げ出してもお姉さんのために尽します。お姉さんのお蔭で光ちゃん嫁に持つこと出来たら、夫婦のことやかい後廻あとまわしにしてもお姉さんのためはかります。」「きっと、きっと、そないしてくれはる?」「きっとですとも、僕かて男です。一生お姉さんの御恩忘れるようなことせえしません。」――そんでとうとう、また「梅園」の前まで歩いて来てしもたのんで、そしたら今度、いつでも必要なこと出来たら「梅園」で待ち合いしまひょいうて、堅い握手して別れましてん。

……つづく……