林の底
宮沢賢治
「わたしらの先祖やなんか、
鳥がはじめて、天から降って来たときは、
どいつもこいつも、みないち
「
ところが私は梟などを、あんまり信用しませんでした。ちょっと見ると梟は、いつでも
「ふん。鳥が天から降ってきたのかい。
そのときはみんな、足をちゞめて降って来たらうね。そしてみないちやうに白かったのかい。どうしてそんならいまのやうに、三毛だの赤だの
梟ははじめ私が返事をしだしたとき、こいつはうまく思ふ
「そいつは無理でさ。三毛といふのは
私もすっかり向ふが思ふ壺にはまったとよろこびました。
「そんなら鳥の中には猫が居なかったかね。」
すると梟が、少しきまり悪さうにもぢもぢしました。この時だと私は思ったのです。
「どうも私は鳥の中に、猫がはひってゐるやうに聴いたよ。たしか
梟はにが笑ひをしてごまかさうとしました。
「仲々ご交際が広うごわすな。」
私はごまかさせませんでした。
「とにかくほんたうにさうだらうかね。それとも君の友達の、夜鷹がうそを云ったらうか。」
梟は、しばらくもぢもぢしてゐましたが、やっと一言、
「そいつはあだ名でさ。」とぶっ切ら棒に云って横を向きました。
「おや、あだ名かい。誰の、誰の、え、おい。猫ってのは誰のあだ名だい。」
「わたしのでさ。」と白状しました。
「さうか、君のあだ名か。君のあだ名を
なあにまるっきり猫そっくりなんだと思ひながら、私はつくづく梟の顔を見ました。
梟はいかにもまぶしさうに、眼をぱちぱちして横を向いて
「じっさい鳥はさまざまだねえ。
はじめは形や声だけさまざまでも、はねのいろはみんな同じで白かったんだねえ。それがどうして今のやうに、みんな変ってしまったらう。
梟は私が
「それはもう立派な訳がございます。
ぜんたいみんなまっ白では、
ずゐぶん間ちがひなども多ございました。
たとへばよく
『
『ひはさん、いらっしやいよ。』なんて遠くから呼びますのに、それが
実際感情を害することもあれば、用事がひどくこんがらかって、おしまひはいくら
「いかにも、さうだね、ずゐぶん不便だね。でそれからどうなったの。」
(あゝ、あの
「そこでもうどの鳥も、なんとか工夫をしなくてはとてもいけない、こんな
「うんさうだらう。さうなくちゃならないよ。僕らの方でもね、少し話はちがふけれども、
「ところが早くも鳥類のこのもやうを見てとんびが染屋を出しました。」
私はやっぱりとんびの染屋のことだったと思はず笑ってしまひました。それが少うし
「とんびが染屋を出したかねえ。あいつはなるほど手が長くて染ものをつかんで
「さうです。そしていったいとんびは大へん機敏なやつで
あっ、私が染ものといったのは鳥のからだだった、あぶないことを云ったもんだ、よくそれで梟が怒り出さなかったと私はひやひやしました。ところが梟はずんずん話をつゞけました。それといふのもその晩は林の中に風がなくて
「いや、もう鳥どものよろこびやうと云ったらございません。殊にも
私も全くこいつは面白いと思ひました。
「いや、さうですか。なるほど。さうかねえ。鳥はみんな染めて
「えゝ、行きましたとも。
『わしはね、ごくあっさりとやって貰ひたいぢゃ。』とか、
『とにかくね、あんまり悪どい色でなく、まあせいぜい
川岸の赤土の
うっかり息を吸ひ込まうもんなら、胃から腸からすっかりまっ黒になったり、まっ赤になったりするのでしたから、それはそれは気をつけて、顔を入れる前には深呼吸のときのやうに、息をいっぱいに吸ひ込んで、染まったあとではもうとても胸いっぱいにたまった悪い
私はこゝらで一つ
「ほう、さうだらうか。さうだらうか。さうだらうかねえ。私はめじろや頬じろは、自分からたのんであの白いとこは染めなかったのだらうと思ふよ。」
「いゝえ、そいつはお考へちがひです。たしかに肺の小さなためです。」
こゝだと私は思ひました。
「さうするとどうしてあんなにめじろも頬白も、きちんと両方おんなじ形で、おんなじ場所に白いかたが残ってゐるだらうね。あんまり
梟はしばらく眼をつむりました。月光は鉛のやうに重くまた青かったのです。それからやっと眼をあいて、少し声を低くして云ひました。
「多分両方べつべつに染めましたでせう。」
私は笑ひました。
「両方別々なら
梟はもうけろっと澄まして答へました。
「をかしいことはありません。肺の大さははじめもあとも同じですから、丁度同じころに息が切れるのです。」
「ふん、さうだらう。」私は理くつは
「こんな工合で。」梟は云ひかけてぴたっとやめました。どうも私にいまやられたのが、しゃくにさはってあともう言ひたくないやうでした。すると今度は又私が、梟にすまないやうな気になりました。そこで言ひました。
「そんな工合でだんだんやって行ったんだねえ。そして
「いゝえ。鶴のはちゃんと注文で、自分の好みの注文で、しつぽのはじだけぽっちょり黒く染めて呉れと云ふのです。そしてその通り染めました。」
梟はにやにや笑ひました。私は、さっきひとの云ったことを、うまく使ひやがったなとは思ひましたが、元来それは梟をよろこばせようと思って云ったことですから、私もだまってうなづきました。
「ところがとんびはだんだんいゝ気になりました。金もできたし気ぐらゐもひどく高くなって来て、おれこそ鳥の仲間では第一等の功労者といふやうな顔をして、なかなか仕事もしなくなりました。
それでもいやいや日に二つ三つはやってましたが、そのやり方もごく大ざっぱになって来て、茶いろと白と黒とで、
烏は毎日でかけて行って、今日こそ染めて
明日にしろよ、明日にしろよ、と
烏が怒って、たうとうある日、本気に談判をしたのです。
『一体どう云ふ考だい。染屋と看板がかけてあるからやって来るんだ。染屋をよすならきちんとやめてしまふがいゝ。何日たっても明日来い明日来いぢゃもう承知ができない。染めるんならもうきっと今すぐやって呉れ。どっちもいやならおれも覚悟があるから。』
鳶はその日も眼を据ゑて朝から油を
『ふん、さうだな。一体どう云ふふうに染めてほしいのだ。』
烏は少し怒りをしづめました。
『黒と紫で大きなぶちぶちにしてお呉れ。友禅模様のごくいきなのにしてお呉れ。』
とんびがぐっとしゃくにさはりました。そしてすぐ立ちあがって云ひました。
『よし、染めてやらう。よく息を吸ひな。』
烏もよろこんで立ちあがり、胸をはって深く深く息を吸ひました。
『さあいゝか。眼をつぶって。』とんびはしっかり烏をくはへて、
とんびはあとでやっとのことで、息はふき返しましたが、もうからだ中まっ黒でした。
そして
「さうかねえ、それでよくわかったよ。さうして見ると、おまへなんかはまあ割合に早く染めて
私は
底本:「新修宮沢賢治全集 第十巻」筑摩書房
1979(昭和54)年9月15日初版第1刷発行
1983(昭和58)年4月20日初版第5刷発行
入力:林 幸雄
校正:今井忠夫
2003年4月2日作成
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