与謝野晶子詩歌集

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恋の神にむくいまつりし今日の歌ゑにしの神はいつ受けまさむ 
 
かくてなほあくがれますか真善美わが手の花はくれなゐよ君 
 
 
 
 
 
 
 
  鴎 
 
初秋はつあきの夷隅川、 
空の緑を映した中に、 
どの小波さざなみも 
新婦にひよめの顔をして 
桃色に染まつて居る。 
 
初秋の夷隅川、 
そして、折折に来るのは、 
白い光の鳥、 
自由と幻想ヴイジヨンの鳥、 
おお、私の心の中の一羽の鴎。 
 
 
 
 
 
 
 
  雲 
 
何処から来たのか、 
海の上の 
桔梗色の空の上に、 
まん円く白い雲の一団。 
 
今、その雲の尖端さきを 
気紛れな太陽が少し染めると、 
雲は命を得て、 
見る見る生きて動く。 
 
もう雲では無い。 
黄金きんつのを左右に振つて、 
項を垂れながら、 
後足で空に跳ねる白い大牛。 
 
 
 
 
 
 
 
  砂の上 
 
私達は浜へ出た。 
何処までも続く砂は 
一ぱいに夕焼を受けて、 
黄金きんと紫に濡れて居る。 
 
海は猶更、 
大きな野を焼くやうに、 
炎炎と燃え広がり、 
壮厳な猛火の楽が聞える。 
 
そして、私達の 
夕焼を受けた顔を見ると、 
どの顔も莞爾にこにこと希望に光り、 
嬰粟けしの花のやうに酔つて居る。 
 
けれども、地に曳く 
青ざめた影を振返ると、 
みんなが、淋しい、淋しい 
永遠の旅人を自覚する。