与謝野晶子詩歌集

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そのわかき羊は誰に似たるぞのひとみ御色みいろ野は夕なりし 
 
あえかなる白きうすものまなじりの火かげのはえのろはしき君 
 
 
 
 
 
 
 
  山房の雨 
 
    六甲苦楽園の雲華庵に宿りて 
津の国の武庫の山辺の 
高原たかはらの小松の上を、 
細々と、つつましやかに、 
歩みくる村雨のおと。 
 
高原のいほに目ざめて、 
猶しばし枕しながら、 
そを聴けば静かに楽し、 
初夏はつなつのあかつきの雨。 
 
おそらくは、青きころもに、 
水晶の靴を穿きつつ、 
打むれて山に遊べる 
谷の精、それか、あらぬか。 
 
戸を開けて打見下ろせば、 
しら雲のもすそを曳きながら、 
をちかたに遠ざかりゆく 
あかつきの山の村雨。