ひと年をこの子のすがた絹に成らず画の筆すてて詩にかへし君
白きちりぬ紅きくづれぬ
旭光照波
元日の夜明の
伊豆の海のほとり、
うす闇の中に
人々の白き人魚の肌。
がらす戸の外には
たわやかなる紺青の海。
大空の色は翡翠の如く、
その空と海の合へる涯には
今起る、
あはれ、神々しき
初日の登場、
燦爛たる火の鳥の舞。
波ことごとく
恋する人の
家
崖に沿ひたる我が家は、
その崖下を大貨車の
過ぎゆく度に打震ふ。
四とせ五とせ住みながら、
慣れぬ心の悲しさに、
また地震かと驚きぬ。
船をば家とする人も
かかる
我れは家をば船とする。
〔無題〕
からりと晴れた
夏の日に、
季節ちがひの
くわりん[#「くわりん」に傍点]の
一すぢ、
わたしの心のなかに、
その果肉の甘さを以て
ただよつてゐる。
わたしの心は
踊り疲れた女のやうに
半眠つてゐる。
さうして、半嗅いでゐる、
そのくわりん[#「くわりん」に傍点]の果の香りを。
こんな時が
十分ほど続いて、
ふと現実に還つたあとで、
また、
わたしの重い頭が
猶そのくわりん[#「くわりん」に傍点]の果の香りを
目の前にあるやうに探してゐる。
耳もとには
貪欲な蚊が一つ二つ唸つてゐる。
平凡な
暑くるしい夕ぐれ。
書きかけた原稿が
机にわたしを待つてゐる。
くわりん[#「くわりん」に傍点]の果の香りは
わたしの感情と一緒に
もうまた帰りさうにない。