世界的
太宰治
ヨーロッパの近代人が書いた「キリスト伝」を二、三冊読んでみて、あまり感服できなかった。キリストを知らないのである。聖書を深く読んでいないらしいのだ。これは意外であった。
考えてみると、僕たちだって、小さい時からお婆さんに連れられてお寺参りをしたり、またお葬式や法要の
外国の人もまた、マリヤ様、エス様が、たいへんありがたいおかたであるという事は、教会の雰囲気に
キリスト教の問題に限らず、このごろの日本人は、だんだん意気込んで来て、外国人の思想を、たいした事はないようだと、ひそひそ
先日、或る外国の新刊本をひらいてみたら、僕の友人の写真が出ているのを見て、おどろいた。日本の代表的な思想家という説明文が附いていて、その友人は、八つ手の傍で胸を張って堂々と構えていた。僕は、この友人と酒を飲んで「おまえは馬鹿だよ」と言った事があるのを思い出して、恐縮した。馬鹿どころではない。既に、世界的な評論家なのである。あまり身近かにいると、かえって真価がわからぬものである。気を附けなければならぬ。
日本有数という形容は、そのまま世界有数という実相なのだから、自重しなければならぬ。
底本:「太宰治全集10」ちくま文庫、筑摩書房
1989(平成元)年6月27日第1刷発行
1998(平成10)年6月15日第4刷発行
底本の親本:「筑摩全集類聚版太宰治全集第十巻」筑摩書房
1977(昭和52)年2月25日初版第1刷発行
初出:「早稲田大学新聞 第二百二十六号」
1941(昭和16)年10月15日発行
入力:増山一光
校正:土屋隆
2006年1月13日作成
2016年7月12日修正
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