ポオル・ヴェルレエヌ (上田敏 翻訳・海潮音より)

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比喩   ポオル・ヴェルレエヌ
 
 
主はむべきかな無明むみようの闇や、にくみ多き
今の世にありて、われを信徒となし給ひぬ。
願はくは吾に与へよ、力と沈勇とを。
いつまでも永く狗子いぬのやうに従ひてむ。
生贄いけにへの羊、その母のあと、従ひつつ、
何の苦もなくて、牧草をみ、身にひたる
羊毛のほかに、そのとき来ぬれば、命をだに
惜まずして、主に奉る如くわれもなさむ。

また魚とならば、御子みこ頭字かしらじかたどりもし、
驢馬ろばともなりては、主を乗せまつりし昔思ひ、
はた、わが肉よりはらひ給ひしゐのこを見いづ。

げにすゑつ世の反抗表裏の日にありては
人間よりも、畜生の身ぞ信深くて
素直すなほにも忍辱にんにくの道守るならむ。
 
 
 
 
よくみるゆめ  ポオル・ヴェルレエヌ
 
 
常によく見る夢ながら、やし、なつかし、身にぞ染む。
曾ても知らぬひとなれど、思はれ、思ふかのひとよ。
夢見る度のいつもいつも、同じと見れば、ことなりて、
また異らぬおもひびと、わが心根こころねや悟りてし。
わが心根を悟りてしかのひとの眼に胸のうち、
ああ彼女かのひとにのみ内証ないしようの秘めたる事ぞなかりける。
蒼ざめ顔のわがひたひ、しとゞの汗を拭ひ去り、
涼しくなさむすべあるは、玉の涙のかのひとよ。

栗色髪のひとなるか、赤髪あかげのひとか、金髪か、
名をだに知らね、唯思ふ朗ら細音ほそねのうまし名は、
うつせみの世をく去りし昔の人の呼名よびなかと。

つくづく見入る眼差まなざしは、たくみりし像の眼か、
澄みて、離れて、落居おちゐたる其音声おんじようすずしさに、
無言むごんの声の懐かしき恋しき節の鳴り響く。
 
 
 
 
 
 
 
落葉      ポオル・ヴェルレエヌ
 
 
秋の日の
ヴィオロンの
ためいきの
身にしみて
ひたぶるに
うら悲し。鐘のおとに
胸ふたぎ
色かへて
涙ぐむ
過ぎし日の
おもひでや。

げにわれは
うらぶれて
こゝかしこ
さだめなく
とび散らふ
落葉かな。