ファウスト物を思ひつゝあちこち歩みゐる。そこへメフィストフェレス来掛る。
メフィストフェレス
ええ。食っただけの肘鉄砲とでも云おうか。地獄の
あらゆる景物とでも云おうか。これより胸の悪い事はない。
ファウスト
どうしたのだ。腹でもひどく痛いのかい。
己は生れてからそんな顔をしている奴を見たことがない。
メフィストフェレス
わたしはもし自分が悪魔でなかったら、
すぐに悪魔にさらって行って貰いたい位です。
ファウスト
頭の中で何かが
気違のように跳ね廻るのは君の柄にはあるが。
メフィストフェレス
まあ、思っても見て下さい。娘に遣ろうと思って捜した、
あの装飾品は坊主がふんだくって行きました。
お袋があれを見附けるや否や、
なんだか気味が悪くなったのですね。
一体あの女はいやに鼻の利く奴で、
いつも讃美歌集を嗅いでいたり、
道具は一々鼻を当てて、これは神聖な物だ、
これは世間の物だと嗅ぎ分けたりするのです。
そこであの
附いていないのを、
お袋はこう云いました。「お前、筋の悪い品物は
持っていても気が詰まる。苦労になって血まで
これは聖母様にお上げ申そうね。
そうすると天の蜜を下さるから」と云いました。
すると娘は口を
「まあ、貰った馬は何とやらと云うことがある。
それに誰が神様に背くかと云うと、
あれを親切にここへ持って来た人ではあるまい。」
そこでお袋が坊主を呼んで来る。
坊主は話を聞くか聞かぬに、
もう
その
欲しい物をお
お寺の胃の腑は大丈夫でござります。
これまで国を幾つも召し上がっても、
ついぞ食傷はなさりませぬ。
筋の悪い品物を召し上がって消化なさるのは、
お前様方にわしが言うが、お寺ばかりだ。」
ファウスト
それは天下通用の遣方だ。
メフィストフェレス
坊主は腕輪や指輪や鎖なんぞを、
三文もしない物のように引っ手繰って、
礼も言わずに、
いずれ
女どもはそれを
ファウスト
そこでマルガレエテは。
メフィストフェレス
気が落ち著かぬと云う風で、
何がしたいか、どうしたいか、自分で自分が分からずに、
思い続けているのです。
ファウスト
あの娘がそう胸を痛めては可哀そうだ。
君すぐに外の宝を捜し出して遣り給え。
初のはそう大した物でもなかったから。
メフィストフェレス
そうでしょう。檀那様が見れば万事子供の戯だ。
ファウスト
そしてさっさと己の考通にして貰いたい。
先ず君があの隣の女を手に入れなくちゃいかん。
悪魔が粥のようにべたべたしていては困る。
外の装飾品を急いで持って来給え。
メフィストフェレス
へえへえ。お易い御用でございます。
(ファウスト退場。)
女にのろい男と云う奴は、その女のためになら、
月でも日でも星を皆でも、
暇潰しに花火のように打ち上げでもします。(退場。)