殺人事件 とほい空でぴすとるが鳴る。 またぴすとるが鳴る。 ああ私の探偵は玻璃の衣裳をきて、 こひびとの窓からしのびこむ、 床は晶玉、 ゆびとゆびとのあひだから、 まつさをの血がながれてゐる、 かなしい女の屍体のうへで、 つめたいきりぎりすが鳴いてゐる。 しもつき上旬(はじめ)のある朝、 探偵は玻璃の衣裳をきて、 街の十字巷路(よつつじ)を曲つた。 十字巷路に秋のふんすゐ、 はやひとり探偵はうれひをかんず。 みよ、遠いさびしい大理石の歩道を、 曲者(くせもの)はいつさんにすべつてゆく。