植物一日一題 牧野富太郎

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 ボントクタデ
 
 ボントクタデ、ちょっと意味の分りかねるおかしな名前の蓼なので、私は久しい間なんとかその訳が知れんもんかと思っていた。
 以前備中で植物採集会があって、私は集まった会員を指導しつつ野外の地を歩いた。その時はちょうど秋であって、折りから路傍にあったこの蓼をボントクタデといって会員に教えた。ところが会員がしきりにクスクス笑うので不審に思い、その訳を聴きただしてみたところ、会員の一人が言うには、この辺ではポンツクのことをボントクというのだと答えた。私はははあ成るほどとこれを聴き、初めてボントクの意味が判かり大いに啓発せられたことを悦んだ。すなわちそれは蓼は辛い味のものだと相場が極まっているが、この蓼は一向に辛くないので馬鹿タデすなわちポンツクタデの意で、それでボントクタデだということが初めてこの会のとき明瞭となった訳だ。ただしひとりその実を包む宿存萼には特に辛味があるので、この点は僅かにポンツクを逃れて本当の蓼らしいのが面白い。
 しかしこの蓼はその味からいえばポンツクだが、その姿からいえばまことに雅趣掬すべき野蓼で、優に蓼花の秋にふさわしいものである。茎は日に照り赤色を呈して緑葉と相映じ、枝端に垂れ下がる花穂の花は調和よく紅緑相雑わり、それが水辺に穂を垂れている風姿はじつに秋のシンボルであって、他の凡蓼の及ぶところではない。私はこの蓼がこの上もなく好きである。あまり好きなので柄にもなく左の拙吟を試みてみたが、無論落第ものの標本であろう。
 

紅緑の花咲く蓼や秋の色
水際に蓼の垂り穂や秋の晴れ
我が姿水に映つして蓼の花
一川の岸に穂を垂る蓼の秋
秋深けて冴え残りけり蓼の花

 
「ボントクタデ(飯沼慾斎著『草木図説』の図)(下方の花穂の一部ならびに果実の二つは牧野補入)」のキャプション付きの図

ボントクタデ(飯沼慾斎著『草木図説』の図)
(下方の花穂の一部ならびに果実の二つは牧野補入)