植物一日一題 牧野富太郎

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 婆羅門参
 
 キク科の一植物に、我国植物界で婆羅門参、すなわちバラモンジンと呼んでいる南欧原産の越年草があって Tragopogon porrifolius L. の学名を有する。そしてこれを一つにムギナデシコというのであるが、これはその緑の葉が軟くて長くてあたかも麦の葉のようで、そしてその紫色の花をナデシコのに擬したものである。このムギナデシコの名はふるく徳川時代の嘉永年間頃に出来たものだが、このムギナデシコに対しての名のバラモンジンは新しく明治年間に付けたもののようだ。私の知るところでは明治八年に発行になった田中芳男たなかよしお小野職※おのもとよし[#「殻/心」、U+6164、59-7]増訂の『新訂草木図説』にこの名が初めて出ているから、多分あるいはその頃に用い始めたものであろうか。そして右田中、小野の両氏がどこからこの名を釣出して来たのか、今私には不明である。彼のロブスチード氏の『英華字典』などにもそんな名は見付からない。私はその出典が知りたいのだが、そのうちどこかから捜し出してみようと思っている。もしも誰か御承知の御方があれば私の蒙を啓いていただきたい。
 元来この Tragopogon porrifolius L. をバラモンジンと名づけたのは不穏当であった。何んとなれば婆羅門参はヒガンバナ科のキンバイザサすなわち仙茅センボウの一名であるからである。李時珍りじちんの『本草綱目』によれば、仙茅の条下に「始メ西域ナル婆羅門ノ僧、方ヲ玄宗ニ献ズルニ因テノ故ニ、今江南ニテ呼ンデ婆羅門参卜為ス、言フコヽロハ其功ノ補スルコト人参ノ如ケレバナリ」(漢文)と述べている。すなわち婆羅門参の由来はこの如くであって、それはキンバイザサの名にほかならない。
 このムギナデシコは欧州では Salsify, Vegetable-Oyster(植物牡蠣カキ)Oyster-Plant(牡蠣植物)Oyster-root(牡蠣根)Purple Goat’s-beard(紫山羊髯ムラサキヤギヒゲ)Jerusalem Star(「エルサレム」ノ星)Nap-at-Noon(昼寝草ヒルネグサ)といわれ、その直根は軟くて甘味を含み、多少香気もありかつ滋養分もあるので食品として貴ばれる。またこれは発汗剤になるともいわれ、そしてその極く嫩い葉はサラドとして美味である。
 属名の Tragopogon は Tragos(山羊ヤギ)pogon(ヒゲ)のギリシャ語から成ったもので、それはその長い冠毛の鬚に基づいて名づけたものであろう。そして種名の porrifolius はリーキ葉ノという意味だが、このリーキはネギ属(Allium)の Leek で Allium porrum L. の学名を有しニラネギと呼ぶものである。今我国でも所により作られている。