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御会式桜
毎年十月十三日は、弘安五年(1282)に、武州池上の本門寺で入寂した日蓮上人忌日の御会式で、またこれを法花会式とも御命講とも日蓮忌ともいわれる。この会式の催される時分にちょうど花の咲くサクラがあって、通常これは御会式桜と呼ばれ、往々それをお寺の庭などにも見受けるのだが、ありがた連中、随喜の涙にむせぶ連中はこのサクラの開花を仰ぎ見て、さも仏様の功徳によってそれが自然へ感応し、さてこそその花が有情に開くのだと感銘しているのであろう。そして世の中にこんな連中があればこそ仏様も立ちゆく訳で、万歳であり万々歳であろう。世間は広いので商売の工夫も商売道具もいろいろとあるもんだ。
さてこのサクラたるや、何も御会式とはなんの関係もなくまたなんの因縁もない。ゆえに御会式があろうがあるまいが、時が来れば吾不関焉と咲き出づる、ちょうどこの秋時分に狂花のように開花するためにこのサクラが利用せられているのである。サクラ喜こべサクラ喜こべ、オマエの運が回って来た。
このサクラの本名は十月ザクラというもんだ。すなわち彼岸ザクラ(東京の人のいうヒガンザクラは『大和本草』にあるウバザクラで、一つにウバヒガンと呼ばれまたアヅマヒガンともエドヒガンとも称えられるものである)一名小ザクラの一変種で、私は早くからこれを研究して Prunus subhirtella Miq. var. autumnalis Makino の学名をつけて発表しておいた。
この十月ザクラは絶えて野生はないのだが、国内諸所に植わっており、何も珍種と称するほどのものではない。秋季に一番よく花が咲き、そして冬を越して春になってもまた花が咲くのだが、しかし秋よりは樹上に花の数が少ない。その花は小さくて淡紅色で普通には半八重咲だが、また一重咲のものもある。そして秋の花には往々多少は枝に葉を伴っている。
大和奈良公園二月堂の辺にもこのサクラが一本あった。奈良ではこれを四季ザクラと呼んでいる。