植物一日一題 牧野富太郎

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 キャベツと甘藍
 
 キャベツ、すなわちタマナを甘藍カンランだというのは無学な行為で、科学的の頭をもっている人なら、こんな間違ったことはしたくても出来ない。
 いったい甘藍とはどんな蔬菜かといってみると、それは球にならない、すなわち拡がった葉ばかりの Brassica oleracea L. で、その中の var. acephala DC.(無頭すなわち無球の意)がこれにあたる。すなわち前々から葉牡丹ハボタンといっているものである。これはその葉が牡丹の花の様子をしているからそういうのである。これは結球しない品だからこの品を呼ぶハボタンをタマナすなわちキャベツに用うべきでない。ゆえに甘藍はキャベツすなわちタマナではあり得ない。
 右のキャベツすなわちタマナは Brassica oleracea L. の中のものではあるが、これは葉が層々と密に相包んで大きな球になる品で、学名でいえば Brassica oleracea L. var. capitata L.(この capitata は頭状の意)である。
 キャベツはキャベージ(Cabbage)の転化した言葉である。この Cabbage とは大頭の意であって、これは熱帯椰子類の数種の新梢芽が頭状に塊まっているので、本来はそれを Cabbage といったものだ。そしてこの嫩芽わかめは食用になるものであって原住民は常にそれを食べている。そこで Brassica oleracea L. var. capitata L. へこの Cabbage の名を借り来ってそのタマナを Cabbage といったものだ。それがすなわちキャベツである。中国ではこのタマナを椰菜ヤサイと称する。それはもと Palms すなわち椰子類のものが Cabbage であるから、それでこれを椰菜としたものだ。が、この椰菜の名はあまり我国では使用しなかった。ただしその椰菜へ花の字を加えて花椰菜ハナヤサイとなし、それをハボタンの一種なる Cauliflower の訳字となし、これは今日でも普通に用いている。今それを学名で書けば Brassica oleracea L. var. botrytis L. である。(botrytis とは群集してふさをなしている状を示す語)。
 以上のようなイキサツであるから、このタマナ、すなわちキャベツを甘藍とするのは見当違いであることをよく知っていなければならない。古い学者、技師連などは古い書物に書いてある間違いの影響を受けてその誤りを引き継ぎ、今日でもなお甘藍をキャベツ、すなわちタマナと思っているのはまことにオメデタイ知識の持主であって、憐れ至極な古頭の人々である。総体物は正しくいわなければいかん。知識の奥底を見透かされるのはいっこうにゴ名誉ではござんすまい。