植物一日一題 牧野富太郎

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 オトヒメカラカサ
 
 海藻である緑藻部(Chlorophyceae)の中に緑色のやさしい姿をしている石灰質の珍らしいオトヒメカラカサ(乙媛傘、すなわち龍宮の仙女乙媛の傘の意)があって、この和名は私の名づけたものだが、しかし一般の海藻学者はこれをカサノリ(傘海苔)といっている。すなわちこれは初め藻類専門家の理学博士岡村金太郎君(東京人)の名づけたものである。私はこの美麗で優雅でかつかたちの奇抜な本品に、この雅ならざるのみならず余りにも智慧の無さすぎる平凡至極なその名がついているのを惜しみ、その別名の意味で上のようにこれを乙媛傘と名づけてみた次第だが、これは前人の名づけた名前を没却する悪意ではけっしてない。しかしカサノリというとそのカサは笠か傘かどちらか分らんので、これは是非一目して傘の姿を連想させたい。笠は編笠、菅笠、陣笠のように柄がないので形がこの笠にはあたらない。またあるいはカサをカサとも感ずる。すなわちその海藻がカサブタのような形ではないかとも想像する人がないとも限らない。また重なることもカサというからあるいはそれを重畳の意味にとらんでもあるまい。それゆえこれはどうしても明瞭にカサノリは笠ではなくて、それは傘の意味だということを徹底させておく必要があるのではなかろうか。
 このオトヒメカラカサは Acetabularia ママのものだが、私がオトヒメカラカサと名づけた時分には、日本の学界でこの種を一般に Acetabularia mediterranea Lamx. と信じていたが、後にこの学名で呼ぶのは誤りであることが判って、今日ではそれが Acetabularia lyukyuensis Okamura et Yamada と改められた。そして私が右のオトヒメカラカサの副和名を公にしたのは大正三年(1914)十二月に東京帝室博物館で発行した『東京帝室博物館天産課日本植物※(「月+昔」、第3水準1-90-47)かんさく標本目録』であった。すなわち今から三十九ママ年も前のことに属する。
 ついでながら、ここに同目録で私が新和名を下した海藻は次の品々であったことを紹介しておこう。この時分はこれらの海藻に和名がなかった。
 Amphiroa aberrans Yendo(フサカニノテ)、Amphiroa declinata Yendo(マガリカニノテ)、Amphiroa ephedracea Lamk.(マワウカニノテ)、Grateloupia imbricata Hoffm.(シデノリ)、Grateloupia ligulata Schmitz(ナガムカデ)、Ceramium circinatum J. Ag.(マキイギス)、Dasya scoparia Harv.(ヒゲモグサ)、Dasyopsis plumosa Schmitz(ヒゲモグサモドキ)、Heterosiphonia pulchra Ekbg.(シマヒゲモグサ)、Laurencia obtusa Lamx.(マルソゾ)、Laurencia tuberculosa J. Ag.(タマソゾ)、Polysiphonia Savatieri Hariot(サバチエグサ)、Polysiphonia urceolata Grev.(アカゲグサ)、Polysiphonia yokosukensis Hariot(ヨコスカイトゴケ)、Champia expansa Yendo(オオヒラワツナギ)、Gymnogongrus divaricatus Holm.(ハタカリサイミ)、Sargassum Kjellmanianum Yendo(コバタワラ)、Colpomenia sinuosa Derb. et Sol. forma deformans Setch. et Gard.(ヒロフクロノリ)、Colpomenia sinuosa Derb. et Sol. forma expansa Saund.(ヒラフクロノリ)、Chaetomorpha moniligera Kjellm.(タマシュズモ)、Cladophora utriculosa Kuetz.(ヒメシホグサ)、Enteromorpha clathrata J. Ag.(カウシアオノリ)。