植物一日一題 牧野富太郎

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 蓬とヨモギ
 
 源順みなもとのしたごうの『倭名類聚鈔わみょうるいじゅしょう』に蓬を与毛木(ヨモギ)としてあるのがそもそもの間違いで、それ以来今もって今日にいたるもなお人々がヨモギを蓬と書いて怪まないが、私はなんら怪まずにかく人々の頭を怪まずにはいられない。古えよりとんでもない間違いをしてくれたもんだ。
 ヨモギ(Artemisia vulgaris L. var. indica Maxim.)はガイと書くのが本当だ。元来これはモグサ(燃え草の省略せられたもので、横文字でも Moxa と書くのは面白い)に製する草であるが、今は多くヨモギの姉妹品であるヤマヨモギ(Artemisia vulgaris L. var. vulgatissima Bess.)を用いている。これは形が普通のヨモギよりも大きく、日本中部から以北の山地には最も分量多く普通に生じているものだ。葉も大きいからモグサに製するのに量があってよろしい。モグサには葉の裏の綿毛が役立つ。
 またヨモギは誰もが知っている通り春の嫩葉わかばを採って餅へ搗きこみ、ヨモギ餅をこしらえる。色が緑でかつ香いがあってよい。そこで普通にこれをモチクサととなえる。
 蓬をヨモギとするのは前述の通り誤りだが、またこれをムカシヨモギ一名ヤナギヨモギ一名ウタヨモギと称する小野蘭山おのらんざんの誤りも、ますますその間違いを深めその間を混乱さすものだ。蓬は元来我が日本には絶対にない草であるから、もとより日本名のあろうはずはない。
 では蓬とは何んだ。蓬とはアガサ科のハハキギ(ホウキギ)すなわち地膚ジフのような植物で、必ずしも単に一種とのみに限られたものではなく、そしてそれが蒙古辺の砂漠地方にさかんに繁茂していて、秋が深けて冬が近づくと、その草が老いて漸次に枯槁し、いわゆる朔北の風に吹かれて根が抜け、その植物の繁多な枝が撓み抱え込んで円くなり、それへ吹き当てる風のために転々としてあたかも車のように広い砂漠原を転がり飛び行くのである。そこでこれを転蓬テンホウとも飛蓬ヒホウともいっている。すなわち蓬の正体はまさにかくの如きものである。
 明の李時珍りじちんという学者が、その著『本草綱目ほんぞうこうもく』蓬草子の条下でいうには「其飛蓬ハ乃チ藜蒿ノ類、末大ニ本小ナリ、風之レヲ抜キ易シ、故ニ飛蓬子ト号ス」とある。また中国の他の書物には「其葉散生シ、末ハ本ヨリ大ナリ、故ニ風ニ遇テタチマチ抜ケテ旋グル」とも、また「秋蓬ハ根本ニ悪シク枝葉ニ美シ、秋風一タビ起レバ根且ツ抜ク」とも、また「蓬ク転旋シ、直達スル者ニ非ザルナリ」とも、また「飛蓬ハ飄風ニ遇テ行ク、蓋シ蓬ニハ利転ノ象アリ、故ニ古ヘハ転蓬ヲ観テ車ヲツクルヲ知ル」とも書いてある。
 もしも蓬に和名がほしければ、あるいはこれをトビグルマ(飛ビ車)、あるいはカゼクルマ(風車)、あるいはクルマグサ(車草)とでもいってみるかな。そうすると飛蓬、転蓬の意味にもかなう訳だ。
 右にて蓬の蓬たるゆえんを知るべきだ。皆の衆聴けよ、この蓬がヨモギだトヨ、我国の学者はトンデモない見当違いをしたもんだ。眼界狭隘しかたもない。しかし大きなことは言わない、お里が分る、じつの吾らの知識も罌粟粒けしつぶのようなもんだから。