植物一日一題 牧野富太郎

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 男子蘭オトコラン! 何んとも勇ましい名じゃないか。元来それはどんな植物か。また誰がそういう名をつけたか。すなわちこれはユリ科に属する Yucca gloriosa L. に対して私の命じた和名なのである。そしてこの植物は北米の南カロリナ州から南してフロリダ州の海浜に沿った地の原産で、俗に Spanish Dagger(イスパニア人の短剣)といわれるものである。
 この Yucca という属名は元来トウダイグサ科の Manihot(すなわちその肉根から Tapioca, Cassava, Macaroni が製せられる)に対する Yucca という土名であるのだが、それを昔 Gerarde という学者が今の植物と間違えたのであるといわれる。そしてその種名の gloriosa は noble で崇高すなわち気高い意味で、それはこの植物を賞讃したものである。
 本品は強壮な常緑多年生の硬質植物で、茎は粗大で短く、あまり高くならない。深緑色を呈した葉は強質であたかも銃剣の状をなし、多数に叢出して幅がやや広く、その形は披針形で葉末は鋭い刺尖を呈している。そして葉心から太い花軸を立てて大なる花穂を挺出し、六花蓋片の白花を群着する。雄づいの葯と雌蕊の柱頭とは相当相離れていて、どうしても蛾の媒介がなくてはその結実がむずかしい特性をもっている。すなわちこの属はこの点のため世界で著名なものとなっている。
 この男ランが今、日本国会議事堂の前庭に列をなして沢山に栽っていてすこぶる勇壮な装飾となっている。すなわちこれが偶然にも国会の庭前に列植せられているのが幸いで、私はこれは議員諸君が熱意をもって国政を議するとき、我が日本のために男らしく尽すという表徴植物たらしめたいと思っている。私はこの男ランの名を無意義に了らしめぬように議員諸君に懇願してやまない。そして議員諸君が登院のさいには、是非とも右の意味で必ず燃ゆる心の一暼をこの男ランの上に注がれんことを切望する。
 ここに別に君ヶ代蘭(私の命名)という同属の一種があって、植物園にはもとより、今諸処の人家の庭にも見られるのが、この種の葉は上の男ランとは違い、その葉叢生していて狭長厚質な緑葉が四方に垂れている。ずっと以前に小石川植物園ではこの品を Yucca gloriosa L. だと思っていた。その時分に本品に対して君ヶ代ランの和名(私の命名)が出来た。しかるにこれはじつは Yucca gloriosa L. ではなくて Yucca recurvifolia Salisb.(=Yucca gloriosa L. var. recurvifolia Engelm.)の学名のものであることが後に判った。そしてこれもまた北米フロリダ州の原産である。しかしその和名はそのままにしておいた。
 ついでに日本へ来ている Yucca ママには普通の場合次の二種がある。すなわち一つは無茎種で俗に Adam’s Needle(アダムの鍼)と呼ばれる Yucca filamentosa L. で、その葉縁には白い糸があるから直ぐに見別けがつく。そしてこれをイトランと称する。今一つは顕著なる有茎種で高く立ち、剣状の硬質葉が多数に茎の周囲に密生している。この種は渡来している他の品種とは違って往々長楕円形の肉果が生るのだが、それは何んという国産の蛾が媒介する結果なのか、まだ誰も親しく実験した我が学者の名を聞いたことがない。本種の学名は Yucca aloifolia L. で Spanish Bayonet(イスパニア人の銃剣)なる俗名がある。そしてその和名をチモランと称しているが、このチモランはじつはイトランの方の名で、元来は千毛蘭と書いてある。これは葉緑の鬚毛に基づきそう書いたものをチモウランと訓まずにチモと訓み、後に間違えられて Yucca aloifolia L. の名になったのであるが、今日の学者にはこんなイキサツのあることは恐らく誰も知るまいから、今ここにそれを明かにしておく義務が私にはある。明治十五、六年頃に土佐高知の多識学者今井貞吉君がこれを千枚蘭センマイランと名づけていたが、私はこれはよい名だと思った。同君のいうには、塀の内部へこれを列植すれば剣のような多くの葉がむらがり刺すのだから、暗夜に塀を越えて侵入し来る盗賊を防ぐにはまことに良策であると話していた。
 盗賊を防ぐので思い出したのは、ジャケツイバラを塀の背に這わすことだ。これは最も有効な植物利用の防盗策であると信ずる。あの逆に曲がっている無数の鉤刺は強く固く、この鋭い鉤刺には何物も敵し難く煩わしくよく引っかかりけっして脱することが出来ない。そして冬月その葉の小葉は落ち去ってもなお鉤刺をよろうその主軸ならびに枝軸には依然としてその鉤刺が残り、その刺体は確かと茎に固着して脱去しない。ゆえに四季を通じていつも有効である。そしてこの植物にはかく刺はあるが、その再羽状複葉はその姿その色まことに眼に爽かであるばかりではなく、さらに大きな花穂を葉間に直立させて黄花を総状花序に綴るの状また大いに観るに足り、塀上の風趣うたた掬すべきものがある。私は先年伊勢宇治の町で偶然珍らしくこの有様を見、その家主人の風流と慧眼とに感服したことがあった。