植物一日一題 牧野富太郎

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 風流で盗賊防ぐ思い付き
 
 上に記した土佐高知の今井貞吉君は今は疾くに故人となったが、同君は多識なうえにすこぶる器用でかつ多趣味な人で、よくいろいろのことに通じていた。その中でも特に古銭に精しく斯界での大家であった。『古泉大全』と題する大著があって、その書中の古銭図は、もし間違いがあっては正鵠を失するといって、みな自身で手を下して丁寧正確に彫刻し、その書の印刷もまた活版印刷機を室内に用意し、下女などに手伝わせて自家の座敷、畳の上で印刷したものである。後ち東京の守田宝丹(下谷池ノ端、宝丹本舗の主人)が編した古泉の著書にも大分今井君がその面倒をみたものであった。同君はまた日本全国郵便局の消印ある二銭の郵便切手(赤色)を集めていた。中にはすでに廃局になった郵便局の消印あるものまでもみな洩らさずにことごとく集めていた。これは先ず類をみないなかなか凝った趣味的蒐集である。
 私はよく高知付近の植物産地を同君からきいたことがあって、今もそれを書き付けたものが手許に残っている。
 その時分同君の庭に龍眼樹の盆栽があって、その実を着けた写真が、これも同君からもらって今も所蔵している。これが土佐高知で実を結んだのは珍らしいことであるが、冬はキットあなぐらへ入れて保護してあったのであろう。同家の庭は広くて水石の景致に富んでいた。その植え込みの中に大きなハマユウがあったことを今も記憶している。同君の邸は高知本町ほんまちの南側にあって、店ではその息子さんが時計などを商なっていた。