植物一日一題 牧野富太郎

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 ※(「肄のへん+欠」、第3水準1-86-31)冬とフキ
 
 昔から我国の学者は山野に多い食用品のフキを千余年の前から永い間中国の※(「肄のへん+欠」、第3水準1-86-31)冬だと思い違いしていた。ゆえに種々の書物にもフキを※(「肄のへん+欠」、第3水準1-86-31)冬と書いてある。ところが明治になって初めて※(「肄のへん+欠」、第3水準1-86-31)冬はフキではないことが分ったが、それでもまだなお今日フキを※(「肄のへん+欠」、第3水準1-86-31)冬であるとしている人を見受けることがまれではない。殊に俳人などは旧株を墨守して移ることを知らない迂遠を演じて平気でいるのは世の中の進歩を悟らぬものだ。
 フキは僧昌住しょうじゅうの『新撰字鏡しんせんじきょう』にはヤマフヽキとあり、深江輔仁ふかえのすけひとの『本草和名ほんぞうわみょう』にはヤマフヽキ一名オホバとあり、また源順みなもとのしたごうの『倭名類聚鈔わみょうるいじゅしょう』にはヤマフヽキ、ヤマブキとある。これでみればフキは最初はヤマフヽキといっていたことが分る。すなわちこのヤマフヽキが後にヤマブキとなり、ついに単にフキというようになり今日に及んでいる。そしてフキとはどういう意味なのか分らないようだ。
 フキはキク科に属していて Petasites japonicus Miq. なる学名を有し、我が日本の特産で中国にはないから、したがって中国の名はない。※(「肄のへん+欠」、第3水準1-86-31)冬は同じくキク科で Tussilago Farfara L. の学名を有し、これは中国には見られども絶えて我国には産しない。そして一度もその生本が日本に来たことがない。これは盆栽として最も好適なもので、春早くから数※(「くさかんむり/亭」、第4水準2-86-48)ていを立て各※(「くさかんむり/亭」、第4水準2-86-48)端にタンポポ様の黄花が日を受けて咲くので、私はこの和名をフキタンポポとしてみた。
 この※(「肄のへん+欠」、第3水準1-86-31)冬は宿根生で、早くその株から出た花がおわると次いで葉が出る。葉は葉柄をそなえ角ばった歯縁ある円い形を呈し、葉裏には白毛を布いている。本品はかつて薬用植物の一つに算えられ、欧州には普通に産する。そして西洋では多くの俗名を有すること次の如くである。すなわち Colts-foot(仔馬ノ足)Cough wort(咳止メ草)Horse-foot(馬ノ足)Horse hoof(馬ノ蹄)Dove-dock(鳩ノぎしぎし)Sow-foot(牝豚ノ足)Colt-herb(仔馬草)Hoof Cleats(蹄ノ楔)Ass’s foot(驢馬ノ足)Bull’s foot(牡牛ノ足)Foal-foot(仔馬ノ足)Ginger(生姜グサ)Clay-weed(埴草ハニクサ)Butter bur(バタ牛蒡)Dummy-weed(贋物草)である。
 ※(「肄のへん+欠」、第3水準1-86-31)冬は早春に雪がまだ残っているうちに早くもその氷雪を凌いで花が出る。「※(「肄のへん+欠」、第3水準1-86-31)ハ至ルナリ、冬ニ至テ花サクユエ※(「肄のへん+欠」、第3水準1-86-31)冬ト云ウ」と中国の学者はいっている。※(「肄のへん+欠」、第3水準1-86-31)冬にはなお※(「肄のへん+欠」、第3水準1-86-31)凍、顆冬、鑚冬などの別名がある。
 日本のフキを蕗と書くのもまた間違っている。フキには漢名はないから仮名でフキと書くよりほか途はない。フキでよろしい。これがすなわち日本の名なのである。