植物一日一題 牧野富太郎

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 黄櫨、櫨、ハゼノキ
 
 黄櫨コウロはハゼノキ科の Cotinus Coggygria Scop.(=Rhus Cotinus L.)に対する漢名すなわち中国名で、これは南欧州から中国にわたって生じ、またインドのヒマラヤ山にも産するが、日本には全くない。落葉灌木でその枝上に互生せる葉は広楕円形あるいは倒卵形で葉柄を有し、全く単葉でハゼノキ属諸品のように羽状葉ではない。枝端に出る花穂は無数に分枝してそれにボツボツと小さい花が着き、その繊細な枝には羽毛があって柔らかくフワフワしており、遠くからそれを望めばあたかも煙のようにみえるので、俗にこれを Smoke-tree すなわち煙ノ木と呼ばれている。私はかつてこれをマルバハゼと名づけたことがあったが、これを植えている兵庫県長尾村の植木屋では霞ノ木と呼んでいた。
 中国ではこの樹を黄櫨と呼び、北部中国の地には普通に見られる普通の灌木らしい。この黄櫨の黄はその樹の心材が黄色だからである。したがってこれが黄色を染める染料に用いられる。李時珍の『本草綱目』には「木ハ黄ニシテ黄色ヲ染ムベシ」と書いてある。そしてこの材の黄色なのは隣属の Rhus すなわちハゼノキ属のハゼ、ヤマハゼ、ヤマウルシ、ウルシも同様で、いずれも黄色を染めるに足るのである。
 日本では昔からこの黄櫨をハゼノキと間違えて、ハゼノキを黄櫨だとしていた。ゆえに源順みなもとのしたごうの『倭名類聚鈔わみょうるいじゅしょう』にもそう出ている。櫨はこの黄櫨を略したもので、今でも世間一般にこの櫨の字をハゼだとして使っているが、それはもとより誤りである。そしてハゼは黄櫨でもなければ櫨でもなく、ハゼの中国の名は野漆樹である。
 我国ではハゼノキの黄材で染めたものを黄櫨染といっているが、上に述べたように元来黄櫨はハゼノキではないから、本当は黄櫨染の字はあたらない。これはまさにハジ染というべきだ。ハジはハゼの古言であるが、さらにその前の古言はハニシであった。
 ついでにいうが、今普通に蝋を採る樹をハゼノキといっているが、本来ハゼノキは別種である。そして右の採蝋樹はよろしくリュウキュウハゼ一名ロウノキ一名トウロウと呼ばねばならないものである。これは昔蝋を採るために琉球から持ち来ったもので、九州に最も多く植えられてある。この種が今往々山に野生しているのは鳥がその種子を分布させたものである。そして琉球へは中国から渡ったもので、畢竟本種は中国の産であって紅包樹と称するが、それは多分この樹が秋になれば最も美麗に紅葉するからであろう。実際この樹の紅葉は見事なもので、これを見ると我庭にも一本欲しいと思う。