植物一日一題 牧野富太郎

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 菖蒲とセキショウ
 
 日本にショウブ(Acorus Calamus L. var. asiaticus Pers.)とセキショウ(Acorus gramineus Soland.)との二つがある。これはもとより同属植物ではあるが、無論別種のものであることは誰でも知っているだろう。かく和名でショウブ、セキショウといえば、少しも紛らわしく混雑することもなく、極めて明々瞭々たりであるが、さてそこへ漢名が割りこんで来るとたちまち面倒が起こってきて、是非とも一言を費さねばすまん始末となる。早くこの厄介な漢名を駆逐しないことには、いつまでたっても植物界の騒動は免かれ得ない悩みがある。
 ショウブは菖蒲から来た名であるから、それをそのまま菖蒲と書けば問題はなかりそうだが、そうは問屋がゆるさない。普通の人はショウブを菖蒲としているが、これは大変な間違いで菖蒲はけっしてショウブではない。では菖蒲は何か。この菖蒲はセキショウそのものである。そしてショウブは白菖と書かねばそのショウブにはなり得ない。この白菖は一つに泥菖蒲とも水菖蒲ともいわれる。
 この白菖であるショウブは昔はアヤメともアヤメグサとも呼んでいてよく歌に詠まれたもんだ。彼の「ほととぎす鳴くや早月のあやめぐさ、あやめも知らぬ恋もするかな」の歌はその代表的なもんだ。今日アヤメというものはアヤメ科の Iris ママのものだが、昔はこれを花アヤメといった。世間で上の本当のアヤメの名をいわぬようになったので、自然にこのハナアヤメがアヤメと呼ばれるようになった。
 セキショウはサトイモ科で、それが本当の菖蒲である、すなわち菖蒲はセキショウである。このセキショウの菖蒲を中国人は大いに貴び、書物には縷々とその薬効が述べてある、すなわちその地下茎を服していると骨髄が堅固になり、顔色に光沢が出で、白髪が黒くなり、歯が再び生じ、眼がよく明かになり、音声も朗らかとなり、精神も老いず、そして長生きするとあって、中国人はそう信じているようだ。もし実際こんな効能が菖蒲根にあったとしたら大したもんだが、どうもこれは信用が出来そうもない。
 ※(「くさかんむり/孫」、第3水準1-91-17)ケイソンというものがある、日本の学者はこれを Iris ママのアヤメだとしているが、それは誤りで、これもセキショウの一品か他かにほかならない。