植物一日一題 牧野富太郎

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 ※(「くさかんむり/惠」、第3水準1-91-24)蘭と※(「くさかんむり/惠」、第3水準1-91-24)
 
 中国の書物にはよく※(「くさかんむり/惠」、第3水準1-91-24)ケイランの名が出ているが、この※(「くさかんむり/惠」、第3水準1-91-24)蘭と称えるのは今のいわゆる一茎九華と呼ぶ蘭で、※(「温」の「皿」に代えて「俣のつくり-口」、第4水準2-78-72)ちんこうしの『秘伝花鏡ひでんかきょう』には「※(「くさかんむり/惠」、第3水準1-91-24)蘭、一名ハ九節蘭、一茎八九花ヲ発ス」(漢文)と書いてあるものである。
 この一茎九華なる※(「くさかんむり/惠」、第3水準1-91-24)蘭は中国特産の蘭品である、すなわちいわゆる東洋蘭の一種で Cymbidium scabroserrulatum Makino の学名を有する。我が日本へ中国からその生品が来て愛蘭家はこれを培養している。中国の蘭画の書物にはこの蘭を描いたものが多いところをみると、同国には山地に多く生えている普通な蘭であろう。
 ※(「くさかんむり/惠」、第3水準1-91-24)蘭そのものをかく書くのはどういう意味か。これはその花香にちなんでこの※(「くさかんむり/惠」、第3水準1-91-24)の字を用いたものである。ではその※(「くさかんむり/惠」、第3水準1-91-24)とは何か。※(「くさかんむり/惠」、第3水準1-91-24)は香草の一種であるから字書にカオリグサと訓ませてはあるが、しかしカオリグサの草名はない。ないのが当り前でこの字書へ訓を付けた人も無論その草を知らなかったからだ。それならその草は何んだ。その※(「くさかんむり/惠」、第3水準1-91-24)と名づけた草は、クチビルバナ科(唇形科)に属する新称カミメボウキ(神目箒の意)すなわち Ocimum sanctum L. そのもので、古くから中国には栽培せられてあったが日本へは未渡来品である。そしてこの草の原産地は熱帯地で、インド、マレーからオーストラリア、太平洋諸島、西アジアからアラビアへかけて分布していると書物にある。
 右の※(「くさかんむり/惠」、第3水準1-91-24)すなわち※(「くさかんむり/惠」、第3水準1-91-24)草は一名薫草クンソウでそれはすなわち零陵香レイリョウコウである。李時珍りじちんがその著『本草綱目ほんぞうこうもく』芳草類なる薫草の条下で述べるところによれば「古ヘハ香草ヲ焼テ以テ神ヲ降ス、故ニ薫ト曰ヒ※(「くさかんむり/惠」、第3水準1-91-24)ト曰フ」(漢文)とある。
 松村任三まつむらじんぞう博士の『改訂植物名彙』全編漢名之部に薫すなわち薫草を Ocimum Bacilicum L. すなわちメボウキ(目箒の意)にあててあるが、それは誤りでこれは前記の通りカミメボウキの名とせねばならない。
 薫草すなわち※(「くさかんむり/惠」、第3水準1-91-24)草は目を明にし涙を止めるといわれるので、それでメボウキすなわち目箒である。目へ埃などが入ったとき、その実を目に入れるとたちまちその実から粘質物を出して目の中の埃を包み出し、目の翳りを医するからである。つまり目の掃除をするのである。