植物一日一題 牧野富太郎

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 三波丁子
 
 三波丁子サンハチョウジ、今日では絶えて耳にしない妙な草の名である。宝永六年(1709)に発行になった貝原益軒かいばらえきけんの『大和本草やまとほんぞう』巻之七に蛮種としてこの名の植物が出で「三月下苗生ジテ後魚汁ヲソヽグベシ此種近年異国ヨリ来ル花ハ山吹ニ似テ単葉アリ千葉アリ九月ニ黄花開ケ冬ニイタル可愛」と書いてある。そしてその三波の語原は私には解し得ないが、丁子は蓋しその花の総苞の状から来たものではないかと思う。
 小野蘭山おのらんざんの『大和本草批正ひせい』には「三波丁子 一年立ナリ蛮産ナレドモ今ハ多シセンジュギクト称ス秋月苗高五六尺葉互生紅黄草ノ如ニシテ大ナリ花モコウヲウソウノ如ニシテ大サ一寸半許色紅黄単葉モ千葉モアリハナ長ク蔕ハツハノヘタノ如ク又アザミノ如シ九月頃マデ花アリ花鏡ノ万寿菊ニ充ベシ」とある。
『大和本草』にはまた紅オウ草が蛮種として出ていて「六七月ニ黄花ヲ開ク或曰サンハ丁子ハ此千葉ナリト云花色紅黄二種アリ」と述べてある。
 右紅黄草について『大和本草批正』には「紅黄草 今誤テホウホウソウト云マンジュギクト葉同シテ小サシ茎弱シテツルノ如ク直立スルコトアタワズ花五弁ニシテ厚シ内黄ニシテ外赤シ故ニ紅黄草ト云紅黄草二種アル故ト云ハ誤ナリ花鏡ノ藤菊又棚菊是ナリ」とある。
 上の『大和本草批正』に引用してある万寿菊について『秘伝花鏡ひでんかきょう』の文を抄出すれば万寿菊については「万寿菊、根ヨリ発セズ、春間ニタネヲ下ス、花開テ黄金色、繋テ且ツ久シ、性極テ肥ヲコノム」であるが、『秘伝花鏡』にあるという藤菊を私はどうしても同書に見出し得ない。
 さて右の三波丁子はなんの植物であるのかというと、それは上の『大和本草批正』にあるようにセンジュギクというキク科の一年生植物で、一つにテンリンカとも称しその学名は Tagetes erecta L. である。すなわちこれはメキシコ原産の花草で、早くから我国に渡来し、ひいて今日でも国内諸所の花園ならびに人家の庭で見られるが、その葉にも花にも茎にも厭うべき一種の臭気がある。園芸的に改良せられた種類にはその頭状花が大きくかつ八重咲で、多くは黄色あるいは柑色を呈し見事である。そしてこの花草は俗にアフリカン・マリゴールドと呼ばれる。
 上の紅黄草すなわちコウオウソウも同属の花草で、草体センジュギクよりは小さく、花が通常一重咲きで多く着き可憐な姿である。これも諸所で見られるがよく公園の花壇に栽えられてある。一つにクジャクソウ(孔雀草の意)と呼ばれ、その学名は Tagetes patula L. である。本品もまたメキシコの原産で俗にフレンチ・マリゴールドと呼ばれる。
 この二つの草は飯沼慾斎いいぬまよくさいの『草木図説』巻之十七にその図説がある。コウオウソウの方は『大和本草』にも図があって「黄花形如石竹五月※(「くさかんむり/宛」、第3水準1-90-92)」と書いてある。近代の書物では石井勇義君の『原色園芸植物図譜』第一巻(1930)に美麗に著われた原色写真が出ている。
 安永五年(1776)に刊行せられた松平君山の『本草正譌ほんぞうせいか』には「万寿菊、単葉重葉アリ俗ニ単葉ノモノヲ天林花ト云ヒ重葉ノモノヲ満州菊ト云フ万寿菊ノ訛ナリ」と書いてある。