無憂花
無憂花と呼ぶ植物がある。この無憂花の名は無論仏教関係の方々には先刻御承知のはずだが、一般の人々には不慣な名であるので、したがってそれが何物であるのか、よく分らないでいることが多いと思う。しかしかの九条武子さんの著書の『無憂華』で世人は大分その無憂華の名を記憶したのだろう。
この無憂花は無憂華とも
『
このアソカすなわち無憂花はカイトラ月の十三日(九月二十七日)ウラパジにおいて仏を礼拝するヒンヅー人にとって真に神聖なる樹である。この樹の花は四月五月の季間極めて美麗に咲き誇りかつその佳香が夜中でも薫じているので諸処の寺院ではそれを装飾花として仏前に供える。またその花は恋の象徴すなわちシムボルで、それを恋愛の神であるカーマ(Kama)に捧げられる。
梵歌によれば、この樹の性質はなはだ敏感で、美人の手がそれに触れば、たちまち花がひらいてあたかも羞じらうように赤い色を呈するといわれている。前文にある「無憂樹ハ女人之レニ触レバ花始テ開ク」も蓋しこの意であろう。
薬用方面ではその樹皮に多くタンニン酸が含まれ、種々に用いられるが、その中で土地の医者は子宮病の中で殊に月経過多を療するに用うることがある。また花は搗き砕いて水に交ぜ、出血赤痢を治すのに使用せられる。
この樹は小木で直立し、枝は非常に多くて四方に拡がり常緑の繁葉婆娑として蔭をなしすこぶる美観を呈している。葉は短柄を有して枝に互生し、偶数羽状複葉で長さおよそ一尺ばかり、小葉は三ないし対をなし披針形で全辺、葉質硬く平滑で光沢がある。嫩葉は軟薄で紅色を呈し、葉緑を欠いでいて下垂しその観すこぶる面白味があり、ちょうど Amherstia nobilis Wall.(マメ科、カザリバナ)Mesua ferrea L.(オトギリソウ科、タガヤサン、鉄刀木?)Mangifera india L.(ハゼノキ科、マンゴー、芒果)Polyalthia(バンレイシ科)等諸樹の嫩葉と同様である。花は一月から五月の間に開き佳香がある。多数の花が球形の繖房花を形成し、腋生しならびに枝頭に密集してひらき、初めは橙黄色だが次第に紅を潮しついに赤色に変じ一花叢のうち両色交ごも相雑わり、これが暗褐色の枝条ならびに深緑色な葉に映じて美麗な色采を見せている。その状チョット
花は小梗を具え、その梗頂、花に接して二片の葉状有色の苞があって心臓状円形を呈している。
花には花冠がない、萼が花冠様を呈し、その下部は肉質で実せる筒をなし、その喉部に環状の密槽花盤があり、雄蕊も雌蕊もそこから出ている。舷部は漏斗状を呈して四深裂し、各片は広楕円形をなして平開している。
雄蕊は通常七本で長く超出し小形の葯を着けている、雌蕊は一本でその長さ雄蕊と等しく、長い花柱の本に有柄の子房がある。
莢果は長さ六寸ないし一尺ぐらいで少しく膨れ、長刀形で四ないし八顆の種子を容れている。そしてこの莢の未熟なときは肉質で赤色を呈している、種子は長楕円形で平扁、長さ一寸五分ばかりもある。
この植物はインドの各地で種々な土言があるが、なかんずくベンガルではアソク、アソカといい、ボンベイではアショク、アソク、アソカ、ヤスンジと呼ばれる。梵語ではアショカ、カンカリ、カンケリ、ヴハンジュウ、ヴハンジュルドルマ、ヴィショカ、ヴィタショカと称えられる。