植物一日一題 牧野富太郎

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 ゴンズイ
 
 ミツバウツギ科の落葉小喬木にゴンズイという雑木があって山地の林樹にまじって生じ、枝に奇数羽状複葉を対生し一種の臭気を感ずる。秋にその※(「くさかんむり/朔」、第3水準1-91-15)さくかが二片に開裂するとその内面が赤色で美しく一、二の黒色種子が露われる。『本草綱目啓蒙』によればゴンズイのほかにキッネノチャブクロ、スズメノチャブクロ、ウメボシノキ、ツミクソノキ、ハゼナ、クロハゼ、ダンギナ、ハナナ、ダンギリ、タンギ、クロクサギ、ゴマノキの名がある。所によると、その嫩葉を食用にするのだがあまり美味なものではない。書物によるとゴンズイに権萃の当て字が書いてある。
 我国の本草学者はかつてこのゴンズイを中国の樗にあてていたが、それはもとより誤りであって、この樹の本当の漢名は野鴉椿である。しかし以前からこの樹をゴンズイと呼んでいる訳は別にどの書物にも書いてないようだが、それは私の考えるところではそうでないかと思われる。すなわちそれは前にこのゴンズイを樗にあててあって、その樗はいわゆる「樗櫟之材ちょれきのざい」で、この材は一向役に立たぬ樹であると評せられている。それでこれを樗であると思いこんだこの植物を役立たぬ樹すなわちゴンズイだと昔の人が名づけたのではなかったろうかと私は想像する。
 それでは役立たぬこの樹がどういう意味合いでゴンズイであると唱えられるのかというと、元来このゴンズイとは食料として余り役立たない魚であるので、その役立たぬ魚の名すなわちゴンズイを、役立たぬと思惟せられたこの樹に対して利用したのではないかと考える。そのゴンズイというのはどんな魚かと詮議してみると、それはゴンズイ科に属する小さい海魚で、細長い体は長さ数寸、口に八本の長い髭を具え、体の色は青黒くその両面に各二条の黄色縦線が頭から尾まで通っており、背鰭と胸鰭とに尖き刺があって、もしさされるとひどく疼むから人に嫌われるが、それでも浜の漁民は時に強いて食することがある。こんなに小さくてかつ無用な魚であるから昔から江戸の魚市場へは出さないので、この魚を一つに江戸見ずゴンズイと呼んだもんだ。国によってはまたクグあるいはググの方言もある。しかしゴンズイの語原は全く不明でその意味は判っていない。