第1項 爆弾
原料
○使用された元素はウラニウム、プルトニウムの如き重元素である由であるが、此等はなかなか原料として入手し難いものである。爆発方法を変えればアルミニウムなどの軽元素で出来そうに思われる。
○爆弾から出て来たものは、原子エネルギー・電磁波及び粒子群であったと思う。
放射線
○戦術的には破壊を目的とする原子エネルギーと火災を起さすべき熱線とが要求されたであろう。それは確かに科学者が頭脳の中に計画し予想した通りの結果を顕わした。それは人道上の問題とはなるまい。被害者の余等自ら、此れは戦争の常だから仕方ないと思い、別に恨みはしなかった。しかしながら後日、戦争が終了してから、続々と潜伏期を過ぎた患者が発生する様になり、殊に残留放射能のため生活不能の問題が論ぜられる様になって、人道上何物かを考えさせるに至った。即ち、電磁波、粒子群という副産物による身体障害が此処に注目をひくに至ったのである。
○最初から粒子群の1なる中性子が重視され喧伝された。しかし余等はガンマ線も重大な役を演じたと思う。
沈降残留放射能物質
○粒子群の一部は爆発直後直線的に飛び地上に達し、人体その他に作用を及ぼしたが、他の部は途中で運動エネルギーを失い、空中に浮遊し、風のままに移動し、次第に沈降したであろう。これらの粒子、特に後者が残留放射能原となったではあるまいかと思う。かの爆裂直後空中に出来た白い雲はこれらの粒子が主ではあるまいか。
閃光
○閃光の光度はいくらであったろう。夏の白昼にマグネシウム点火以上に感じたのだから随分のものに違いない。その色調は人々によって色々に云う。大体白色に近かったと言う者が多い。しかしその帯色は赤から紫まで色々に言う。又虹の如き七色をみたと云うのもある。地上の地物が美しい夕焼色に輝いたのを見た人もある。これは各人の視神経の差であろうか。突嗟の印象で不正確なのであろうか。方向によって出て来た電磁波の波長が異なるからであろうか。直接光でなく、散光を見た者の目はくらまなかった。
爆音
〇1粁以内にあった余等は爆裂音をきかなかった。遠くの人は、普通の爆撃の何倍か何10倍かの轟音をきいた。もっとも余等の内幾人かは鼓膜を破られた。
爆圧
○爆圧の襲来は瞬間的ではなかった。数秒間、突風の中に居る様な感じであった。最初は稍弱く、暴風の程度で約1秒、それから最大の爆圧が来て、それが2秒位、後はまた弱まった様に思う。山腹からの反射圧の来た所では間隔をおいて2回襲来した。これは原子爆裂の進行過程に関係するであろう。
○爆圧のした仕事のあとを見ると、上から押しつぶし、地面に反射したのが、それを上から吹き払った様にみえる。脳天を喰わし、足払いをかけた様な格好だ。地面にすれすれに横に働いた形跡も多く見受けられた。巨石が地上を横に移動している。これらの力はどの位だろう。
○屋外、廊下などにいた人が瞬間にして着物を失っていたのも爆圧によるのだろう。帯や紐で締めていた部分とか、厚地の袴は残ったが、薄手の衣はなくなっていた。遠くに飛んでいるのを見つけた者もある。また、ぼろぼろに裂けてしまったのもある。とにかくあの瞬間、色々な服装をして目の前を歩いていた老幼男女が真裸になったのだから、全く度肝をぬかれ、また少々滑稽を感じた。
火災の原因
○火災の原因については色々考えられる。原子爆弾爆裂時の温度は太陽よりも高いそうだから、それが5百米の近距離にあれば、一瞬間とは言っても、地上の物を焼く力が有ろう。疎開跡の木材置場の様な火気の無い所から逸早く火の手が上がった等の例を見ても、爆弾から出た熱線で燃えだしたと見るべきである。勿論倒壊家屋の中の火気から出火したものもある。だが、あの時ひろい爆心地を見渡すと、全面が一時に発火しないで、発火点が散在していた。これは何故であろう。まず考えられるのは熱線はおしなべて一様に到来したが、其の作用時間が瞬間的で短いため、全部の事物を発火せしめ得なかった。黒色の如く熱を吸収しやすい色の物だとか、発火点のひくい発火し易いものが、引火性の物と隣接していた所だとかが発火したのであろう。次の考え方は、熱線の分布が不均等で、或所には熱線量が多量に集中する如く照射され、其処が発火したと見るのである。これらは熱線という長波長の電磁波によるものであるが、別に火の玉という物体が降って来て点火したのを見たものが多い。そしてこれは爆心より離れた地点で観察されている。火の玉の大きさはあまり大きくない。指頭大のものが多い。爆圧と同時にばらばらと飛んで来た。これは灼熱した爆弾の破片(原子塊)であろうか。それとも別の焼夷剤を同時に散布したであろうか。
暗黒
○爆撃直後視力を失ったのは何故であろうか。閃光の為に一時的に視神経が機能を失ったのであろうか。印象はそれと異なっている。地上の物が瞬間に粉砕倒壊した為に塵埃が極めて濃厚な密度に立ちこめたであろうか。そんな気もするが、随分まっ暗であった。1次放射線及び地面に生じた2次散乱線により、空気中に特別の瓦斯が生じたのであろうか。又は空中に生じたかの濃厚な瓦斯雲により、太陽光線が完全に遮られたのであろうか。この最後の考え方が一番妥当の様だ。と云うのは1乃至2分後、何か雲が霽れて陽がさし始めた様な風に明るくなったからである。あの時は盲目になったと思った者が多かった。
火薬爆弾との差
○原子爆弾と火薬爆弾との差異を考えてみる。
爆 弾 の 差 異 |
|
原 子 爆 弾 |
火 薬 爆 弾 |
爆発機転 |
物理的 |
科学的 |
主動部分 |
原子核 |
原子核外電子 |
発生物 |
粒子、電磁波、原子エネルギー |
気体、熱、弾片 |
威力 |
絶大 |
小 |
原料量 |
少 |
多 |
作用 |
機械的(破壊)、物理的(放射線) |
機械的(破壊) |
作用時間 |
連続、減衰的 |
瞬間的 |
人体損傷 |
爆圧傷、外傷、放射線障害、火傷 |
爆圧傷、外傷(弾片創) |
障害発現期 |
即発性、後発性 |
即発性 |
予後判定 |
困難 |
容易 |
後発症状 |
有 |
無 |
宿酔 |
有 |
無 |
将来、小型の原子爆弾が用いられた時、衛生部員として即座に之を鑑別することは容易である。即ち火傷が多ければ原子爆弾であり、弾片創があれば火薬爆弾である。この鑑別は重要である。何となれば、原子爆弾であれば、現場に居合わせた者は後発障害を顧慮して速やかに休養加療せねばならないからである。
第2項 人体損傷
症状の分類
○本損傷にみられる放射線障害は全身照射に基づくもので、1次的に大量瞬間照射のものもあれば、2次的の小量連続照射によるものもあるが、全身諸器官は皆程度の差はあれ、障害を受けた。消化器系、造血器系の症状が著明に表れたけれども、それらが特に大量受けたわけではなく、それらの組織が早期に重篤なる変化を起こす性質があるからである。潜伏期が夫々異なり、反応も異なり、又臓器の生命に対する重要度も異なるので、まだ今の処他の器官が問題とされないだけの事である。だから症状によって分類し、たとえば消化器とか、血液型とか、云うのは誤りである。たとえば消化器障害で早期に死亡した者がもし生残ったならば、後に血液障害を発したであろう。また現にこの2症状を兼発した者もある。また遅発性血液障害患者をよく調べてみると前に軽度の消化器障害を経過している。症状が軽かったから注意を引かなかったまでの事である。どの人も全身症状、消化器障害、血液障害という風に次々に症状を発するのである。
Oそれならば、消化器障害は軽微に経過したのに、後の血液障害が重篤であったのは何故かと云う問題も起ころう。これは組織によって変化の起り方が異なるためで、消化器には軽微な障害を与えた少量でも造血器には致命的な変化を起こさせたのである。
○大量受けた者が重篤症状を呈し、早期に発病し、少量受けた者が軽快な症状を呈したのである。むしろ、大量被射、中量被射、小量被射と分類するのがよいだろう。
症状の決定 線量
○症状の軽重は、放射線量、体質、年齢、健康度などによって決定される。放射線量が此中で最も重大な因子である。殆どはこれによって決まる。他のものは少々影響する程度である。たとえば、一家6名同日に次々早発性消化器障害で死亡した例をきいた。健康、年齢、体質、静養状態などに差があっても、一定の大量を受ければ変化の起こる速度は略一定するのである。同一家族が同一箇所で同量の照射を受けたから死期も同じかったのであろう。致死量以外の照射を受けた者は如何なる治療も既に無効であったのである。
距離
O放射線量は爆弾からの距離、曝露体面積、濾過によって決定され、更に残存放射能によるものを考慮すると爆撃後、爆心地滞在時間も大いに関係する。爆弾は上空で爆裂したのであるから、爆心地点からの水平距離を以て直接には示されない。三角法で計算すべきであるが、肝心の爆心地点と高さとが推測決定したものだから、この計算は無意味である。
濾過
○濾過体の問題は重大である。放射線が物体によって吸収されるのには物質、種類即ち元素、厚さ、密度が関係する。一方放射線の透過力が関係する。今度はコンクリート壁の陰にいた者は障害が少なかった様に思う。吾隊員が爆心地にありながら、しかも近い所にいた大学の他の職員に比して放射線障害の程度が軽微であったのは厚いコンクリート壁幾枚かを以て遮蔽されていたのが一因であろうと思う。なおかねて放射線室に勤務していたために﹁慣れ﹂ていたことも一因かも知れない。防空壕の掩蓋の厚さ、土質、水分含有度なども随分影響したように思う。
○年齢による症状の軽重は明らかに見られ幼少なる者に於いて激しい反応が起った。同一家庭で若い者が死んで老人ばかり残ったところは多い。
○医療に用いるレントゲン照射と原子爆弾の第1次放射線とを比較してみよう。
照 射 法 の 差 異 |
|
原 子 爆 弾 |
レントゲン |
回 数 |
1回 |
1回又は分割 |
時 間 |
瞬間 |
数分乃至数10分 |
線 量 |
極大量 |
危険量以下 |
線 質 |
各波長混合 |
一定範囲波長 |
距 離 |
遠(数百米) |
近(2、30糎) |
濾 過 |
不定 |
一定 |
照射野 |
全身 |
病竈 |
目 的 |
殺人 |
救命 |
○第2次的な残存放射能による照射は少量連続全身照射であって、ラジウム照射に似ている。もっと詳しく云えば、ラジウムエマナチオン浴、即ち、ラジウム温泉に連続入浴している様なものである。
〇一般人が放射線障害を、「爆風を飲んだ」とか「瓦斯を吸った」とか言っている。これはすべて「病は口より入る」ものとしているからであろう。皮膚を透して身体内部に感覚を刺戟することなく障害を与える放射線の認識がないからである。又「毒」なるものを化学的なものときめ易くて、この度の物理的原因による障害に対して、昔からの所謂「毒下し」療法が色々試みられた。
第3項 治療
○自家血液移血による刺戟療法の効果に就いては他の医療機関の追試を乞い、やはり卓効を認められた。その治癒機転に就いては将来研究すべきであろう。余等は更に一般のレントゲン、或いはラジウムの慢性障害、たとえば白血病の如きに試みようと思う。
迷信的療法は行われなかった。原子爆弾という科学の粋に対しては、まじない師も手が出せなかったのか、一般民衆が戦争の間に科学水準を高めたからであろうか。
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