山と熊に関するLouisのブックマーク (2)
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はじめにクマは山の神と言われ、長い歴史の中で日本人はクマと棲み分けをしてきました。実際にクマの生態が私たちの水源である山の豊かな環境を作ります。しかし今、夏に山が赤くなる異常なナラ枯れが続き、冬眠前に食べないと死んでしまうクマが、食料を求めて次々山から降り(他の動物もです)、昨年からママも赤ちゃんも含め1万頭捕殺︵※1︶。テレビニュースで、逃げ回る空腹なクマたちが殺される様子に衝撃を受け、こんなことをして良いのか?人間はもっと賢い対応ができる!人が山の環境を破壊したからだ!と、疑問に思う方はたくさんいるでしょう。 ︵※1︶ 12月18日追記 令和1年、2年を合わせた昨年からの捕殺数は1万件を超える 出典‥﹁クマ類の捕獲数︵許可捕獲数︶について ﹇速報値﹈﹂︵環境省︶ https://www.env.go.jp/nature/choju/effort/effort12/capture-qe.
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いま全国でクマの襲撃が増えているが、史上最悪といわれる事件が起こったのは昭和45年。北海道で若き3人の岳人がヒグマの牙に斃れた。なぜ惨劇は起きたのか。その謎を解く鍵を握る人物が初めて口を開いた。50年前の夏、あの山で﹁生死の天秤﹂が揺れていた。 ﹁今でも何かの拍子に思い出すと眠れなくなるんです﹂ ﹁あのときのことは自分の中で、この50年間、封印してきました﹂ 自宅のリビングで筆者と向き合った吉田博光氏︵87・仮名・以下すべて︶は、ぼそりと切り出した。半ば予想していた言葉だったが、はっきりとそう告げられるとやや動転した。それに構わず、吉田氏は続けた。 ﹁今でも何かの拍子に︵事件のことを︶思い出すと、もういけない。夜も眠れなくなるんです﹂ その言葉が何よりも雄弁に50年前に起きた事件の本質を物語っていた。 異彩を放つ加害グマの異様な執着心と攻撃性 ︿クマに襲われ三人不明 ――日高山系縦走の福岡
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