ほんとうに申し訳ありませんでしたと彼は言い、深々と頭を下げた。私と同僚は仕事上のトラブルについて話すために元請けの会社を訪問していた。私たちはいろいろな感情を抑圧して事を納めたところだった。原因は先方にあったものの、相手が率直に謝るとは思っていなかった。非を認めなくても済む性質の話だったからだ。 私は視界の左側に入っている同僚を観察した。斜めに流された清潔な前髪。ひかえめな、でも裸ではない色のくちびる。そのかたちは戸惑いを一滴くわえた十パーセントの微笑。私は急いでそれをコピーする。 彼はトラブルの内容と影響を整然と確認し、それから、もし自分が私たちの立場にあったとしたら持ったであろう感情について話した。それは私の心境とほとんど同じものだった。私は動揺した。彼女はにっこりと笑い、お心遣いありがとうございますと言った。 先日北海道に出張しましてと彼は言った。唐突なせりふだった。彼は彼女に紙袋を
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