※本記事はアフィリエイトプログラムによる収益を得ています アニメ関連の記事を眺めていると、新作情報やクリエイターインタビュー、メイキングなどはちまたにあふれているのに、「評論やレビューはあまり見かけない気がする」――そう疑問に思ったことはないだろうか。 SNSでは感想ツイートが日々飛び交い、配信全盛となった現在でも放送時刻の前後にはTwitterトレンドがアニメ関連ワードに染まるのも珍しくない。作品を自分とは違う(あるいは同じ)角度で論じた情報へのニーズは確かに存在するのに、なぜ評論記事は「少ない」のだろうか? そんな疑問を解消すべく、ねとらぼでは3月21日に「なぜ商業媒体で“アニメ批評”は難しいのか?」をテーマにした特集記事を掲載。メディア各社へのアンケートを実施し、回答のあった5媒体の意見を紹介した。ところが意外にも、各編集部からはいずれも(温度感の違いはあるものの)「作りにくい実感は
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「あいちトリエンナーレ2019」の芸術監督、津田大介氏 「あいちトリエンナーレ2019」で「表現の不自由展・その後」が3日間だけ展示され撤去された問題を受けて、8月15日に津田さんは個人ブログでことの経緯とお詫びを発表した。それを読み同日、僕は以下のテキストをツイートした。 「アップリンクはあいちトリエンナーレに映像作品を出品している。アップリンクが日本での上映権を持つホドロフスキー監督のドキュメンタリー作品『ホドロフスキーのサイコマジック』だ。今日、9人のアーティストがトリエンナーレの出品を取り下げた。事務局の映像担当者から電話がかかってきた。次に何かしそうなのは浅井さんだからだという。取り下げるなんてことは考えもしていなかった。アップリンクは出品者なので、実は事件が起きてから8月7日に津田大介芸術監督から『「あいちトリエンナーレ2019」協賛企業・個人の皆様へ』という1万880字の長文
母も姉も私も美術系の仕事で 人に言わせりゃアート一家ってことになるだろうが 私は本当にアーティスト様って奴が嫌いだ。 だいたい世の中の非美術の人が良くないのだけど とにかく作家と言うものに対して好意的な誤解や情状酌量の用意を持ちすぎている。 「芸術家気質」とさえ言えば、非常識や奇矯な振る舞いが許されるようになっている。 度を越して非社会的、生活態度が堕落的、約束を守れない、言うことが幼稚、 …のような欠点が、むしろ何か創作的な才能の証明として美点のように取り扱われてしまう。 いいですか。 すべてのクリエイターっぽい職業人や学生で、幼稚な人や変な人がいたら、 それは特殊な才能の副作用でそうなっているのではなく、 単に世間並みの経験や責任から逃げ続けたせいでそうなってるだけです。 だいたい「アマデウス」みたいなものが”アーティスト”像として一等に出てくるの状況が良くない。 アーティストに馴染み
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