2009年3月に開かれたWBC優勝の日本代表記者会見。写真中央、グレーのスーツが加藤コミッショナー。この時から3年半の月日は、WBC監督を決める期間としては十分ではなかったのか? ﹁巨人の監督をやっている限り、もう二度と引き受けることはないと思う﹂ この言葉は重いものとして、深く心に刻み込まれている。 日本の連覇という最高の形で終わった2009年の第2回ワールド・ベースボール・クラシック︵WBC︶。戦いが終わった直後のことだった。日本代表監督を務めた巨人・原辰徳監督が優勝の歓喜も冷めやらぬ中で、真顔で語った言葉だったからだ。 ﹁現場の監督をやりながら代表の監督をやるというのは本当にムリだからです。開幕に向けて一番、大切な時期に1カ月もチームを離れるということは、そのチームを預かる監督にとっては断腸の思いでした。あってはならないこと、と言っても決してオーバーではないことなんです。それは選手や
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