前年12月から日本軍によるアジア全域での残虐行為の立証が集中的に進められ、年明けからは捕虜虐待事件が広範に取り上げられていた。﹁父島事件﹂もその1つだったようだ。記事の見出しは﹁會︵会︶食に米飛行士の人肉試食 的場少佐の﹃父島の残虐﹄尋問書﹂。的場少佐とは、父島駐屯の独立混成第一旅団に所属する独立歩兵第308大隊長・的場末勇陸軍少佐のことだ。 記事の見出しには﹁人肉試食﹂とある 1947年1月14日東京朝日新聞より 問 同島︵小笠原父島︶最初の人肉試食事件は? 答︵=的場末勇陸軍少佐︶ 昭和20︵1945︶年2月23日、米飛行士処刑の報告を橘将軍︵陸軍少将︶に行った際、私のための宴会で初めて飛行士の人肉が試食された。それは、橘将軍が第307大隊司令部に電話で甘藷︵イモ︶酒1斗と肉を届けるよう命じた。肉は加藤大佐の部屋で料理された 問 人肉であることを知っていたか? 答 そうだ 問 どのくら
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