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記事へのコメント301件
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![ookitasaburou ookitasaburou](https://cdn.profile-image.st-hatena.com/users/ookitasaburou/profile.png)
ookitasaburou
“その書き出しは、文学的だった。 『BUKSOVAT(空転する)。2年1か月のモスクワ在勤を終え帰国する日、空港の暗い待合室で搭乗を待ちながら、ふと、この単語が頭に浮かんだ。ゴルバチョフの始めたペレス
![filinion filinion](https://cdn.profile-image.st-hatena.com/users/filinion/profile.png)
filinion
ロシアでは評判が悪いらしいゴルバチョフ氏だが、やはりペレストロイカは必要だったと思う。急激な改革とその反動のためにソ連は空中分解してしまったが、緩やかな改革が許されるほどソ連に体力は残っていなかった。
![toichiro toichiro](https://cdn.profile-image.st-hatena.com/users/toichiro/profile.png)
toichiro
ソ連崩壊モノとしては佐藤優氏が外交官時の回顧録「自壊する帝国」がオススメ!文字通り、ソビエトはアメリカに破れた訳ではなく、内側から内部崩壊していったので、今の中国と比べて経済的に失敗したんだよなぁ…
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10歳だった。 その時ぼくは、まだ﹁ソビエト連邦﹂だったモスクワにいた。 そこで見たのは、﹁国﹂というものが劇的に変化する瞬間だった―― 外務省が公開した6000ページにのぼる外交文書。外交官たちの生々しい報告が、私をあの時代に連れ戻した。そして私は、何が起きていたのかを初めて実感した。 ︵政治部・渡辺信︶ その書き出しは、文学的だった。 ﹃BUKSOVAT︵空転する︶。2年1か月のモスクワ在勤を終え帰国する日、空港の暗い待合室で搭乗を待ちながら、ふと、この単語が頭に浮かんだ。ゴルバチョフの始めたペレストロイカを、ひと言で総括するとすれば、まさに﹁空回りしている﹂というのが適当ではなかろうか﹄ 1987年11月の﹁ソ連在勤を終えて﹂という報告書の冒頭だ。書いたのは、モスクワの日本大使館の政務班長だった角崎利夫氏。これまで私が読んできた硬い外交文書とは異なる表現で、1985年に書記長に就任し
2020/01/23 リンク