【読売新聞】 江戸時代に紀州藩が領内の村役人に「ワニ」を探すよう求めた通達が三重県で見つかった。「捕獲したら塩漬けにして送ってほしい」とも書かれているが、なぜワニを求めていたのかは不明だ。 通達は明和7年(1770年)、税金を徴収
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南海トラフ沿いで史上最大とされてきた宝永地震(1707年、マグニチュード8.6)のものよりも大きな津波が、過去に紀伊半島を襲ったことを突き止めた、と産業技術総合研究所などの研究グループが発表した。和歌山県串本町の名勝「橋杭岩(はしぐいいわ)」周囲の巨石の状況やシミュレーションを基に結論付けた。過去の津波と同程度のものは今後も発生し得ると考えるべきで、古地震の解明を基に、地震や津波防災の重要性を再認識する成果となった。 南海トラフ沿いでは歴史上、昭和東南海地震(1944年)、昭和南海地震(46年)など大きな地震や津波が繰り返しており、大規模地震の発生が懸念されている。南海トラフのほぼ全域が滑った宝永地震は史上最大とされてきた。ただ、宝永のものよりも大きな津波があったかについて、詳しい研究はされていなかったという。 そこで研究グループは、岩柱が海岸付近の南北約850メートルにわたり直線状に並ぶ
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日本の玄関の前を長い間演出し続けている「あのマット」のメーカーが和歌山県に存在する。50年以上にわたって泥除けマット「コンビマット」を製造している老舗「ジポン」でマット造りのあれこれを聞いてきた。 1975年神奈川県生まれ。毒ライター。 普段は会社勤めをして生計をたてている。 有毒生物や街歩きが好き。つまり商店街とかが有毒生物で埋め尽くされれば一番ユートピア度が高いのではないだろうか。 最近バレンチノ収集を始めました。(動画インタビュー) 前の記事:都内のプールに8,000匹! 「ヤゴ救出大作戦」に参加した > 個人サイト バレンチノ・エスノグラフィー 誰もの記憶にある「あのマット」 以前記事で店舗の軒先にあるウェルカムマットを特集したが、マットの中のマットといえばあのトラディショナルな一品、「緑のひし形模様のやつ」である。 これ。友人の家で飼っていたクワガタが脱走し、この下に潜んでいた事
蚊取り線香発祥の地・和歌山県有田市で、地元の除虫菊を使って2011年から市内で唯一の国産の蚊取り線香を製造していた「石井除虫菊工業所」(有田市野)が、10月31日付で製造を停止したことがわかった。軌道に乗れば地元の新たな観光資源になるとも期待されていたため、関係者は無念の表情を浮かべる。 同工業所は1966年に設立された。今年10月時点で従業員は7人。2011年、それまで続けていた大手蚊取り線香メーカーの下請けをやめて、市の観光資源にしようと地元で除虫菊の栽培を始めた。 かつて「白いじゅうたん」と形容され、市を象徴する花だった除虫菊。同工業所は満開の時期を迎えると、畑を無料公開したり、県と連携して蚊取り線香の手作り体験を企画したり、少しでも多くの人の目に触れるような機会を作った。 そのうえで試作を重ね、今年5… こちらは有料会員限定記事です。有料会員になると続きをお読みいただけます。 こち
南海トラフ付近の太平洋で、大規模な津波が7000年余り前から500年前後の間隔で起きていた可能性を示す痕跡が和歌山県で行われた調査で見つかり、大規模な津波が繰り返し発生してきた周期を知る手がかりの一つとして今後、注目されそうです。 この調査は独立行政法人産業技術総合研究所の宍倉正展さんの研究グループが去年12月、和歌山県串本町の弥生時代の遺跡がある場所で行いました。 その結果、今から1800年前までの5500年分ほどの地層の中に、津波で運ばれてきたとみられる12の砂の層が見つかりました。 このうち最も古い砂の層の年代は、7300年前と推定され、南海トラフの津波の痕跡の可能性があるものとして、これまでに国が確認している調査結果より1000年余り古いということです。 また、砂の層の厚さは、最大で30センチ程度あり、大量の砂を運ぶ大規模な津波だった可能性があるとしています。 このため研究グループ
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