2018年、小誌のインタビューで﹁老後と死﹂についてこう語っていた藤子氏。4月7日、神奈川県川崎市内の自宅で倒れているところを発見された。 富山県氷見市で生まれ、その後転校した小学校で、後に漫画家コンビ﹁藤子不二雄﹂を結成する盟友、藤本弘︵藤子・F・不二雄︶氏と出会う。87年末にコンビ解消を発表したが、96年に藤本氏が亡くなるまで、川崎市内で三軒先に住む“隣人関係”が続いた。 和代さんに惚れ込んでいたが、一方で女性好き プライベートでは和代夫人が85年に倒れ、現在も入院治療中。夫の死去は伝えられていないという。夫妻に子はおらず、晩年は姪が食事など身の回りの世話をしていた。藤子氏と長年交友があった出版社﹁ヒーローズ﹂代表の白井勝也氏が語る。 ﹁彼は和代さんをとても大事にしていました。惚れ込んでいた。でも、その一方で女性が好き。僕らと酒席を共にしていても、綺麗な女性が隣にいたらどんどん声をかけ