DeNAルーキーの石田裕太郎が4度目の先発登板。 今季の同投手はプロ初登板から3試合先発してオール白星の3連勝中。50年の2リーグ制以降、新人投手がプロ初登板から4戦4勝となれば、50年荒巻(毎日=6戦6勝)、60年青木(巨人)、78年三浦(阪急)に次いで4人目。過去3人は4戦4勝の時点で救援勝利を含んでおり、すべて先発でマークだと初めてとなるが石田裕は勝てるか。
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気温35度と甲府盆地に熱がこもった4日、元ヤクルトの加藤幹典氏(39)が再びフラッシュを浴びた。 国内独立リーグのBCリーグに、来季から「山梨ファイアーウィンズ」が正式加盟することがこの日、発表された。加藤氏は準加盟の今季は監督職もしつつ、球団代表としてチームの創設に深く携わった。 プロ野球選手のセカンドキャリアが注目される昨今、独立リーグとはいえ、ついにプロ野球チームを作る“元プロ”まで現れた。しかも元ドラフト1位左腕。 「いえいえ、自分自身についてのことははそこまで感じないですよ。山梨県民の皆さんの野球への思いがとても強くて、やっと正式加盟をいただいて安心しているところです」 照れながら言う。慶大からドラフト1位入団も肩痛に悩み、通算わずか1勝。27歳で現役引退した。そこからの10年少々。「自分が何者か、っていう10年でしたね。そこはプロ野球を経験した皆さんが苦労するところで。何がやり
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札幌ドームは、プロ野球、日本ハムが本拠地を新球場に移したあと初めてとなる昨年度の決算で、最終的な損益がおよそ6億5000万円の赤字となることが分かりました。ドームに愛称を付けるネーミングライツの販売やドームの利用が思うように進まず当初の見込みから大幅に悪化しました。 札幌ドームは、プロ野球、日本ハムが本拠地を新球場に移転したことなどの影響で収益が悪化していて、運営会社は、おととし、移転後初めてとなる昨年度1年間の決算の損益が2億9400万円の赤字となる見込みを示していました。 しかし、札幌市などの関係者によりますと、ドームの活用が想定以上に進まなかったことから最終的な損益はおよそ6億5000万円の赤字となることが分かりました。 赤字幅が拡大した要因について、 ▽ネーミングライツの販売などで3億4000万円余りの広告収入を見込んでいたものの応募が1件もない状況が続いていることや、 ▽イベント
西武が苦境にあえいでいる。負けが込んで借金が15まで膨らんだ5月下旬、松井稼頭央監督が休養し、渡辺久信氏がゼネラルマネジャー(GM)と兼務する形で監督代行となったが、現場のトップを代えても状況が好転しない事実は問題の根深さを物語っている。松井監督は西武で現役を引退した翌年から3年間、2軍監督を務め、1軍ヘッドコーチを経て2023年、1軍監督に就任した。球団にとっては、長年チームの「顔」として活
バットの芯で捉えた“いい角度”の打球が空中で失速し、フェンス手前で外野手のグラブに収まる――熱心なプロ野球ファンなら、今季どこかでそんなシーンを目撃した記憶があるのではないだろうか。 異例の事態「ホームランが消えている」 6月14日の試合を終えた時点で、セ・リーグの平均打率は.235、1球団あたりの1試合平均得点は3.02。同パ・リーグの平均打率は.240、平均得点は3.22と、近年まれに見る“投高打低”だった昨季をも下回る超低水準となっている。打率3割を超える打者はヤクルトのサンタナ(.319)、ソフトバンクの近藤健介(.341)、日本ハムの田宮裕涼(.335)と、セ・パを合わせて3名しかいない。 さらに深刻なのが「野球の華」とされるホームランの減少だ。過去半世紀の記録を遡ると、規定の反発係数(※打球の飛距離を左右するボールの跳ね返りやすさ)を満たしていない“違反球”が使用された2011
ヤクルトの奥川恭伸が、2年ぶりの1軍マウンドで先発復帰した。投手力に弱点があるヤクルトにとって、奥川がどういう状態で復帰してくれるのかは、今後を占う意味でも大きな問題だっただろう。結果は5回を投げて1失点。球数は79球だが、久しぶりの1軍マウンドでは、ちょうどいい球数だったと思う。 結果は◎がつけられるし、投球内容も合格点を与えられる。立ち上がりは抜け球も多く心配だった。それでもオリックスの未熟な守備に助けられ、3回まで4点の得点をもらった。こうなれば積極的にストライクゾーンで勝負できるし、制球力のいい奥川にとって十分に力を発揮できる状況になる。杉本に1発は浴びたが、4回と5回は尻上がりに調子を上げていった。 それでも今後に向けての活躍を問われると「?」になってしまう。まず、ヒジから上げて背中側に入ってしまうテークバックは、故障前とほとんど変わっていない。これだと左肩を開かせないと投げられ
プロ野球の投手で1964年の阪神などセ、パ3球団でリーグ優勝に貢献し、通算121勝を挙げた若生智男(わこう・ともお)さんが3日の午前1時、千葉県船橋市内の病院で肝臓がんのため死去した。87歳だった。仙台市出身。 東北高から56年に毎日(現ロッテ)に入団。チーム名を大毎に変えていたプロ5年目の60年、自身初の2桁となる13勝を挙げてチームの優勝を導いた。当時の大毎は「ミサイル打線」と呼ばれた打撃を武器に、「悲運の名将」西本幸雄監督の最初の優勝でもあった。 大毎には63年まで在籍。山内一弘-小山正明の「世紀のトレード」の直後、ソロムコとの交換で阪神に移籍。翌64年には先発、中継ぎで活躍し、2年ぶりの優勝に貢献した。阪神では74年まで11シーズン活躍し、先発右腕としてうち4シーズンで2桁勝利を挙げた。 75年には安仁屋宗八とのトレードで広島に移り、球団初のリーグ優勝を経験した。76年に引退。実働
若生智男さんが死去 交流戦元年のロッテ-阪神戦で始球式 訴えていた「ユニホームは大事にしなさい」の言葉 拡大 大毎(現ロッテ)、阪神、広島で通算121勝をマークし、指導者も歴任した若生智男さんが3日、肝臓がんのため千葉県船橋市内の病院で死去した。87歳だった。 若生さんは2005年からスタートした交流戦で思い出のマウンドを踏んでいた。千葉マリンスタジアム(現ZOZOマリンスタジアム)で行われたロッテ-阪神戦で始球式を務めた。 「交流戦だからこそ、歴史をたどっておれが始球式をやることになったんだろうね」と感慨深げに語っていた若生さん。ロッテ(毎日、大毎56~63年)、阪神(64~74年)両チームで優勝を経験し、引退後も両球団でコーチも務めた。 始球式に登板するのは初めてだったが、「やっぱりマウンドはいいね」と笑顔を見せていた。ただ「当時のユニホームにもう一度そでを通したかった」。現役当時、ユ
[コラム]伝説の中日左腕に会って聞いた、球界から“消えた”理由「派閥、ああいうのが嫌だったんですよ」球辞苑でも話題になった松本幸行さん 2024年5月28日 10時25分
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