なぜか動画投稿サービスの「ニコニコ動画(ニコ動)」だけが、中国の国営放送、中国中央テレビ(CCTV)の番組を同時配信している。8月末にはニコ動内にCCTVの公式チャンネルもできた。

 CCTVは海外でのインターネット動画配信に積極的で、ニコ動との関係強化はその一環。なぜニコ動は中国の国営放送と太いパイプを持ち、中国の番組を流しているのか。仕掛け人であるドワンゴ会長室エグゼクティブプロデューサーの吉川圭三氏に聞いた。

*当連載は、日経ビジネス2016年9月12日号特集「テレビ地殻変動 ネットTVが作る新秩序」との連動企画です。

 今月4日から中国・杭州で開催された主要20カ国・地域(G20)首脳会議。開催国である中国の国営放送、中国中央テレビ(CCTV)は開会式と中国の習近平国家主席の演説を生中継した。その番組を、海外で同時にインターネット生配信(同時配信)した唯一のメディアがある。ニコニコ動画(ニコ動)だ。

9月4日、中国・習近平国家主席の演説がニコニコ動画の「日中ホットライン」で生中継された
9月4日、中国・習近平国家主席の演説がニコニコ動画の「日中ホットライン」で生中継された

 これに先立ち8月24日、ニコ動はCCTVと業務提携を交わし、ニコ動内の動画配信サービス「ニコニコチャンネル」にCCTVの公式チャンネル「日中ホットライン」を開設した。習近平主席の演説中継はその第一弾。今後も国家の重要なイベントや、外交部・人民解放軍の記者会見などを同チャンネルで配信していくという。

 これまでもニコ動は、昨年9月に中国・人民解放軍の軍事パレードを、今年2月には中国版の紅白歌合戦を生中継するなど、CCTVの生番組の同時配信を行ってきた。

 CCTVのニュース配信子会社、CCTVニュースコンテンツの高偉社長は、「CCTVの番組が編集されずにそのまま海外のネットメディアで配信されたのはニコ動が初めてで、現時点でもニコ動だけ」と話す。

 テレビメディアを差し置いてCCTVとの関係強化を続けるニコ動。きっかけは、日本テレビからニコ動を運営するドワンゴに出向している、ドワンゴ会長室エグゼクティブプロデューサーの吉川圭三氏の個人的な人脈だった。

「見たことがないものを見てみたい」

ドワンゴ会長室エグゼクティブプロデューサーの吉川圭三氏。日本テレビで数多くの人気番組を手がけた
ドワンゴ会長室エグゼクティブプロデューサーの吉川圭三氏。日本テレビで数多くの人気番組を手がけた

 吉川氏は日本テレビの名物プロデューサーとして知られている。手がけた番組は「世界まる見え!テレビ特捜部」「特命リサーチ200X」「1億人の大質問!?笑ってコラえて」「恋のから騒ぎ」など数知れず。しばらく番組制作の現場から退いていたが、2014年にドワンゴの川上量生会長に誘われ、ニコ動のコンテンツに携わるようになった。

 昨年7月には、世界中のドキュメンタリーを配信する「ニコニコドキュメンタリー」という新プロジェクトを立ち上げた。テーマは、「ユーザーの『本当のことを知りたい』という思いに応える」「誰もやらないことに踏み込む」。その目玉として、吉川氏は中国人が描いた「南京事件」や「靖国神社」に関するドキュメンタリーの配信を画策した。

 「テレビでは絶対に流れない。映画館でも抗議などを受けて上映中止になったりする。単純に見たことがないものを見てみたい、と思いました」。吉川氏はこう振り返る。

 吉川氏が目をつけた作品の1つが、日中合作による2007年製作のドキュメンタリー映画「靖国 YASUKUNI」。CCTVのディレクターだった李纓氏が日本に留学後、10年間にわたり靖国神社を取材したもので、当時、「反日映画」と糾弾され、上映自粛が相次ぐなど話題となった作品だ。

 李氏を訪ねた吉川氏の印象は、「この人ただ者じゃないな」。もともと吉川氏は日本テレビで「世界まる見え!テレビ特捜部」を手がけていた時、番組購入でCCTVとの関係はあった。尖閣諸島問題で日中関係が冷え込むと関係は途絶えてしまい、吉川氏いわく「日本テレビはCCTVから10年以上番組を買えていない」。しかし、李氏のCCTVの人脈は太く、共通の知人も多かったため、ふたたびルートが開いた。


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 CCTVOK

「プロパガンダ」にならないようバランスとる

昨年9月に配信した中国・人民解放軍の軍事パレード中継
昨年9月に配信した中国・人民解放軍の軍事パレード中継

 昨年9月の軍事パレードでは、約3時間にわたり、同時通訳付きで配信した。テレビ・動画メディアはロイター通信社の映像素材を利用することが多かったが、「ロイターはカメラが少ないし貧弱。対してCCTVの中継はカメラが120台。だったら頼んでみようよ、とお願いしたら、向こうが喜んでね。史上初のノーカット放送が実現しました」。

 今年2月には、中国のお正月「春節」の恒例行事、日本の紅白歌合戦にあたる「春節聯歓晩会」を約4時間にわたり、フリートークは同時通訳、歌唱中は字幕スーパー付きで配信した。中国では人口の過半数、約7億人が視聴するとされ、番組制作費も破格。吉川氏は「経費は約47億円と日本の紅白の5倍くらい。いかにすごい番組かを知っていたので、たまたま北京に行った時に国務院(内閣に相当)のメディア責任者に聞いてみたら、あっさりOKでした」と笑う。

今年2月には、中国版の紅白歌合戦「春節聯歓晩会」を約4時間にわたり同時配信した
今年2月には、中国版の紅白歌合戦「春節聯歓晩会」を約4時間にわたり同時配信した

 中国政府と直結しているCCTVがここまでニコ動に好意的な理由の1つは、「ノーカット配信」。国内ではNHKなどがニュース素材の相互提供でCCTVと提携関係にあるが、編集や独自解説など各メディアの手が加えられ、放送される。「テレビだと習近平主席の演説でさえ録画対応で30秒から長くて1分。僕らは生で全部。CCTV側はそのことを『本当にありがたい』と言っている」と吉川氏は話す。

 CCTVがネットメディアでの配信に積極的だったことも奏功した。ウェブサイト「CCTV.com」では毎日、3回以上はスマートフォンやパソコン向けに地上波の同時配信を行っている。先日のリオ五輪も多くを同時配信。100億件を超えるコメントが集まるなど大反響を呼んだ。CCTVニュースコンテンツの高社長は言う。

 「CCTVはテレビ放送だけではなく、ネットメディアでも国内外問わず、積極的に発信し、新たなビジネスモデルの構築を強化していきたいと考えている。その意味で、ニコ動は重要なパートナー」

 だが、ここで疑問が沸く。ニコ動は中国政府の「プロパガンダ(政治的な宣伝)」に利用されているだけではないのか、と。

吉川氏はCCTVの番組を配信することについて「情報源の1つとして知ることは大事」と話す
吉川氏はCCTVの番組を配信することについて「情報源の1つとして知ることは大事」と話す

 吉川氏はこう反論する。「情報源の1つとして知ることは大事。中国の軍事パレードの中継なんて誰もやらない。でもあれを見ると、いい意味で『こんな国と戦争したらえらいことになるな』と分かる。川上会長も『中国を知ることは良いことだ。一番近隣の大国を日本人が知らないのは、ある種の不手際』といつも言っていました」。

 その上で、「プロパガンダにならないようバランスをとっている」と主張する。1つが画面に流れるコメント機能。国内素材と同様、視聴者は批判的な意見でも自由にコメントを投稿できる。もう1つが、解説の独自番組。映画「靖国」の時も、李監督と反対派の熾烈なトーク番組をやった。南京事件関連の時も、専門家を呼び、「番組内では30万人の大虐殺があったとされているけれど、日本では真偽不明」と解説した。


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CCTVを中心に、世界29カ国、41のメディアが参加して8月末に発足した「Belt and Road Media Community」の式典。ここにドワンゴは国内から唯一参加した
CCTVを中心に、世界29カ国、41のメディアが参加して8月末に発足した「Belt and Road Media Community」の式典。ここにドワンゴは国内から唯一参加した

 中国では、国民がフェイスブックやユーチューブといった海外のネットメディアを利用できないよう、規制をかけている。だが、ニコ動は「今年になってから、こっちが頼んだわけでもないのに不思議と中国でも見られるようになっている。異例なこと」(吉川氏)。

 国家と直結した中国最大の映像メディア企業と独自の「ウィンドウ」を持ったニコ動。次なるターゲットは「ロシア国営放送」という。ボーダレスなメディア連携は、政府間の交渉を飛び越えた新たな「うねり」を生んでいくのかもしれない。

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