1年前には憲法を護りたいという世論のほうが高かったのに、この再逆転は、メディアの姿勢の変化が大きいのではないか。ただし平和憲法を守るべきだという国民の意思はまだ大きい。でも﹁改正﹂世論が半数以上だというのが、国家主義憲法に改悪すべきだという勢力に利用されるのは間違いない。
2010年平成22年5月18日の国民投票法施行まで1年ちょっとでこの状態ではメディアと政府と自民党、公明党があおれば、自民党案で改憲される可能性は大きい。ただし条文単位での改正投票となる。一括しては無理だ。その意味でまず9条ではなく、国民の権利を定めた ﹁第三章 国民の権利及び義務﹂が、狙われる可能性が高い。 日本国憲法 第12条︵国民の責務︶と第13条︵個人の尊重等︶を自民党改憲案と対比してみる
日本国憲法 | 自民党改憲案 | |
第12条(国民の責務) | この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。 | この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって、保持しなければならない。国民は、これを濫用してはならないのであって、自由及び権利には責任及び義務が伴うことを自覚しつつ、常に公益及び公の秩序に反しないように自由を享受し、権利を行使する責務を負う。 |
第13条(個人の尊重等) | すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。 | すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公益及び公の秩序に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。 |
そうすると、その制限が、﹁公共の福祉﹂から、 12条は、﹁自由及び権利には責任及び義務が伴うことを自覚しつつ、常に公益及び公の秩序に反しないように自由を享受し、﹂権利を行使する﹁責務﹂を負う。﹂
13条は、﹁公益及び公の秩序に反しない限り﹂ となっている。 これは小さいように思えるだろうが、憲法は日本でも、ドイツ、そしてテロ戦争下の米国でも、国が国民の権利を踏みにじり乱用するからもうけられるという歴史と現代の現実に基づく憲法原則がある。世界のそれを無視して、国が国民にお説教して守らせるという、だから国の言うことには従わねばならないという国家主義に基づく憲法になるのだ。
例えば、戦前なら空襲対策で防衛のためだと、ある日、突然路上に放り出されて家を壊され何の補償金もなかった。そういう逆戻りを考えていると思うのだ。 土地でも1937年昭和12年なら、道路を造るのに国家政策だと突然補償金もなしで田を軍に取り上げられ寄付させられた。こういうことをやろうとしているのだ。
恐ろしい話である。
とにかく今の国民投票法では投票数の過半数の賛成でよくて、全体の有権者数での投票数最低割合を定めた下限規定がない。ということは投票率が下がれば3割程度の賛成で楽々と改憲ができるのだ。
私も憲法が何があっても改正してはいけないなどと言うつもりはない。でも国は国民の生存権すらなにも守っていない。突然の派遣切りで路頭に迷う国民が大量に出たり、生活保護を断られ、おにぎりが食べたいと書き遺して飢え死にする人が出るような国なのだ。そんなことがあってはならないだろう。 無視されている憲法を実際に適用し生かす。そのうえでもっとその平和憲法の精神を広げる改正ならいい。
今は国民の権利が少ないので、それをきちんと書き、しかも国家に違憲なら停止させ、それをまもらせる憲法裁判所が必要ではないだろうか。もちろん今のように国家政策優先ばかりしている司法体制の下では論議があるだろうが。
当面の課題としてはメディアにどう平和憲法を護らせるか、難しいがそれが課題だ。
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