アイリアーノスによると、父イーアシオーン︵アポロドーロスではイーアソス︶は男子を欲していたため、アタランテーは生れるとアルカディアー地方のパルテニオン山の泉のそばに捨てられた。そこに牝熊が現れて乳を与えた。この牝熊は狩人に子供を奪われて、乳を吸う者がいなかったため、赤子を気に入って親代わりになったのであった。しかし狩人たちは牝熊が餌を探しに出かけている間に赤子を連れ去った。赤子はアタランテーと名づけられ、狩人たちによって育てられた。成長するにつれてアタランテーは女神アルテミスにならい、結婚せずに処女を守って生きることを望み、男を避け、孤独な生活に憧れて、アルカディアー地方の中で最も高い山の洞窟で暮らした。アタランテーはこの場所で、葡萄を育てながら狩りに明け暮れた[1][2]。
アタランテーは幼い頃から驚異的な足の速さを誇り、獣であろうと人間であろうと、アタランテーから逃れることはできなかった。また誰もアタランテーを捕まえることができなかった[1]。
体格はすでに並みの女性よりも大きく、また当時のペロポネーソス半島に住むどの女性よりも美しかった。そのため彼女の噂を聞き及んで恋する者もいたほどであった[1]。彼女の顔は中性的で、少年のようであり少女のようでもあったという[8]。しかし山野で自らを錬磨し、狩に明け暮れ、誰にも頼ることなく生活していたため、目つきは男のように厳しく、激しい気性の持ち主であり、少女らしさはかけらも持ち合わせていなかった[1]。
服装もアルテミスと同じく簡素なものを好んだ[1]。アタランテーが身に着けた装飾品は衣服の胸元を押さえる留金くらいなもので、金髪を飾ることもせず、ひとつにまとめるのみであった[8]、また化粧をすることもなかった[1][注釈1]。
ペーレウスと戦うアタランテー。カルキディケ黒絵式ヒュドリア。ミュンヘンの州立古代美術博物館(英語版)所蔵。
あるとき、近隣に住んでいた2人のケンタウロス、ヒュライオスとロイコスはすっかり泥酔し、山中をうろつきながら、アタランテーに求婚するために彼女の住む洞窟へと向かった。彼らは松の枝で作った冠を被り、手にした武器を絶えず打ち鳴らし、森の木々に火をつけながら歩いていた。好色な彼らはアタランテーに求婚するだけではなく、乱暴を働いてやろうという腹積もりであった。しかしアタランテーは洞窟に向かって来る者たちがケンタウロスであると分かると、動じることなく2人のうちの一方を射殺した。するともう一方は求婚者としてではなく仇としてアタランテーに迫ったが、第2の矢でこれを射殺した[1][2]。
ピーテル・パウル・ルーベンスの1635年頃の絵画『メレアグロスとアタランテ』。アルテ・ピナコテーク所蔵。
アタランテーはカリュドーンの猪狩りにも参加した[7][8][9][10][11]。神話によると、アイトーリア地方のカリュドーン王オイネウスはその年の収穫を神々に捧げた際にアルテミスだけを失念した。そのためアルテミスの怒りを買い、アルテミスは災厄として巨大な猪を送り込み、カリュドーンを荒らした。この大猪を退治するためにアイトーリア地方をはじめギリシア全土から英雄たちが集まった[7][8][10][38][39]。
彼らのうちケーペウスやアンカイオスほか23人の男たちは、参加者の中にアタランテーがいるのを見て、女とともに狩に出ることに難色を示した。これに対して、カリュドーンの王子メレアグロスは妻がいるにもかかわらずアタランテーに好意を抱いていたため、彼女とともに狩に出ることを彼らに強要した。大猪の狩りでは、ヒュレウス、アンカイオス、エウリュティオーンらが命を落とす中、アタランテーは大猪の背中に矢を撃ちこむ活躍をし、ついでアムピアラーオスが目を射抜き、最後にメレアグロスが脇腹を刺して殺した[7]。パウサニアースによると、アンカイオスが傷を負いながらも大猪を相手に耐え、アタランテーが矢を放って仕留めた[40]。
大猪を退治するとメレアグロスはアタランテーが猪狩りの第一の功績者であるとして、その毛皮を与えようとした。すると彼の母アルタイアーの兄弟たちは、男が大勢いる中で女が最大の賞を取るのは恥であり、大猪を倒したメレアグロスにそれを受け取るつもりがないのであれば、血縁である自分たちが受け取るべきであるとしてアタランテーから毛皮を奪い取った。叔父たちがこのように異を唱えたため、メレアグロスは怒り、彼らを殺してアタランテーに与えた[41][10][19][注釈2][注釈3]。しかしアルタイアーは兄弟が息子の手で殺されたことを知ると、保管しておいた薪に火をつけてすっかり燃やしてしまった[42][8][10][注釈4]。
なお、アタランテーはメレアグロスと関係を持っていた。彼女は後にパルテノパイオスを産み[12][13][26]、パルテニオン山に捨てた。このときテゲアー王アレオスの娘アウゲーもヘーラクレースの子を捨てており、牧人たちは2人の赤子を拾って養育し、前者をアタランテーが処女を装ってパルテニオン山に赤子を捨てたことからパルテノパイオスと名づけ、後者の子を牝鹿が養っていたことにちなんでテーレポスと名づけた[13]。ただし父親についてはメラニオーンとも[2][43]、アレースとも言われ、一致しない[2]。
その後、アタランテーの評判は高まり、多くの求婚者が現れることになったが、彼女は結婚を望んでいなかった。
アポロドーロスによると、アタランテーは両親と再会を果たしたが、彼女の父はアタランテーを結婚させようとした[2]。ヒュギーヌスによると、アタランテーは父に結婚を望んでいないことを告げたが、求婚者が後を絶たなかったので、父親の提案により競走で結婚相手を決めることにした[4]。さらにオウィディウスの﹃変身物語﹄によると、アタランテーが結婚についてアポローンの神託に伺いを立てたところ、﹁お前に結婚は不要だが、それを避けることは出来ない。そして結婚したならば、お前は本来の自分を失って生き続けなければならない﹂と告げられ、大いに驚いたという[3]。
そこでアタランテーは自分と命を賭けた勝負をさせることで求婚者たちを追い払おうとした。すなわち、求婚者と競走の勝負をして、勝ったならば結婚をするが、負けたら殺すことを条件としたのである[2][4][3]。競走では、アタランテーは武装し、求婚者を先にスタートさせてたがいの速さを競ったが、それでも彼女を負かす者はなかなか現れず、多くの若者が命を落とした[2][4]。またアタランテーは求婚者を殺すたびに、その首を競技場に置いた[4]。
しかし、ついにアタランテーを負かす者が現れた。アポロドーロスによるとその人物はアムピダマースの子で、アタランテーの従兄弟にあたるメラニオーンである[2]。一方、オウィディウスやヒュギーヌスは、メガレウスの子ヒッポメネースとしている[4][44]。メラニオーンあるいはヒッポメネースは、アプロディーテーに祈りを捧げて守護を求めた。するとアプロディーテーはこれに応じ、3個の黄金の林檎を贈った。そこで彼は競走のとき、アタランテーが俊足を飛ばして追い抜こうとするたびに林檎を後ろに投げた。そしてアタランテーがこれに気をとられ、林檎を拾っている間に先にゴールした[2][4][3]。
ライオンに変身したアタランテーとヒッポメネース。17世紀の『変身物語』の挿絵。
アタランテーの結婚後についてはほとんど語られていないが、アタランテーとメラニオーンないしヒッポメネースの変身譚が伝わっている。アポロドーロスによると、アタランテーとメラニオーンは狩りの途中にゼウスの神域に入り、そこで交わったためにライオンに変えられたという[2]。
オウィディウスによると、ヒッポメネースはアタランテーとの勝負でアプロディーテーの助けを借りたにもかかわらず、その後まったく感謝の意を示そうとしなかった。そのためアプロディーテーは怒り、2人がキュベレーの神殿の近くを通った際に欲情を起こさせた。すると2人は神殿近くの神聖な洞窟で性行為を行なったため、怒ったキュベレーによりライオンに姿を変えられた[3]。
ヒュギーヌスにおいても、ヒッポメネースがアプロディーテーに感謝しなかったことが問題となっている。そのため、彼らがパルナッソス山でゼウスに犠牲を捧げている際に、アプロディーテーによって強い欲情を起こされ、神域内で交わったところ、ゼウスの怒りに触れてライオンに変えられた[4]。
ピロデーモスによるとヘーシオドスの物語はこれらとは異なっており、見ることが禁じられていたものを見てしまったために、ゼウスによってライオンに変えられたという[21]。
- アタランテとメレアグロス
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ヤーコブ・ヨルダーンス『メレアグロスとアタランテ』プラド美術館所蔵
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- アタランテとピッポメネース
- 彫刻
(一)^ abcdefghijアイリアーノス、13巻1。
(二)^ abcdefghijklmnoアポロドーロス、3巻9・2。
(三)^ abcdeオウィディウス﹃変身物語﹄10巻。
(四)^ abcdefghiヒュギーヌス、185話。
(五)^ abcアポロドーロス、1巻9・16。
(六)^ abcシケリアのディオドーロス、4巻41・2。
(七)^ abcdefアポロドーロス、1巻8・2。
(八)^ abcdefghオウィディウス﹃変身物語﹄8巻。
(九)^ abcヒュギーヌス、173話。
(十)^ abcdefヒュギーヌス、174話。
(11)^ abcシケリアのディオドーロス、4巻34・4。
(12)^ abcヒュギーヌス、70話。
(13)^ abcdヒュギーヌス、99話。
(14)^ 高津春繁﹃ギリシア・ローマ神話辞典﹄p.45。
(15)^ abパウサニアース、8巻35・10。
(16)^ abシケリアのディオドーロス、4巻65・4。
(17)^ abシケリアのディオドーロス、4巻65・7。
(18)^ オウィディウス﹃変身物語﹄10巻609行。
(19)^ abヒュギーヌス、244話。
(20)^ ヘーシオドス断片49︵アポロドーロス、3巻9・2による言及︶。
(21)^ abヘーシオドス断片51︵ピロデーモス﹃敬虔について﹄B6559-6566 Obbink による言及︶。
(22)^ ヘーシオドス断片47︵London papyrus 486c︶。
(23)^ ヘーシオドス断片47︵オクシュリンコス・パピュルス、2488B︶。
(24)^ ヘーシオドス断片48︵Pubblicazioni della Società Italiana. 130 col. I, II︶。
(25)^ エウリーピデース断片︵アポロドーロス、3巻9・2による言及︶。
(26)^ abヒュギーヌス、270話。
(27)^ アイスキュロス﹃テーバイ攻めの七将﹄526行以下。
(28)^ ソポクレース﹃コローノスのオイディプース﹄1320行。
(29)^ エウリーピデース﹃救いを求める女たち﹄887行-888行。
(30)^ エウリーピデース﹃フェニキアの女たち﹄150行。
(31)^ エウリーピデース﹃フェニキアの女たち﹄1105行。
(32)^ エウリーピデース﹃フェニキアの女たち﹄1153行。
(33)^ 松平千秋・中務哲郎訳注、p.366。
(34)^ シケリアのディオドーロス、4巻48・5。
(35)^ ロドスのアポローニオス、1巻769行-773行。
(36)^ ヒュギーヌス、14話。
(37)^ アポロドーロス、3巻13・3。
(38)^ abcアントーニーヌス・リーベラーリス、2話。
(39)^ ヒュギーヌス、172話。
(40)^ パウサニアース、8巻45・2。
(41)^ アポロドーロス、1巻8・2-8・3。
(42)^ abアポロドーロス、1巻8・3。
(43)^ アポロドーロス、3巻6・3。
(44)^ オウィディウス﹃変身物語﹄10巻605行。
(45)^ “L’epidemia del “fùbal” a Bergamo: come nasce l’Atalanta”. gazzetta fan news. 2022年7月9日閲覧。
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