中華人民共和国国家情報法
中華人民共和国の情報機関と組織・市民の義務と権利保証を定めた法律
中華人民共和国国家情報法︵ちゅうかじんみんきょうわこくこっかじょうほうほう、簡体字中国語: 国家情报法、繁体字中国語: 國家情報法、拼音: ︶とは、2017年6月28日に施行された、国家の諜報活動に関する基本方針とその実施体制、情報機関とその要員の職権等について規定する中華人民共和国法である[1][2]。
国家情報法 | |
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第12期全国人民代表大会 | |
引証 | National Intelligence Law (in Chinese) |
適用地域 | ![]() |
概要 | |
中国の諜報機関を管理する法律 | |
現況:施行中 |
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概要
公になっている中では、中華人民共和国の国家情報機関に関連する最初の法律である[3]。
この法律が適用される組織として国家安全部や公安部は直接名指しされていないが[3]、第3条及び第5条で国家安全機関︵中国語: 国家安全机关︶・公安機関︵中国語: 公安机关︶・中央軍事委員会︵中国語: 中央军事委员会︶の3種が規定されており、国家安全機関は中国共産党中央国家安全委員会、公安情報機関は国家安全部・公安部や人民解放軍の情報機関をそれぞれ指すものと解される[1]。なお、中華人民共和国において中央軍事委員会は形式上中国共産党中央軍事委員会と中華人民共和国中央軍事委員会とがあるが、構成メンバーは基本的には同一であり、いずれにせよ実質的には中国共産党が軍事力を掌握するための機関であることに変わりない[4]。
同法によれば、﹁すべての者が国家安全保障に責任を負う﹂とされ、中華人民共和国の国家安全保障に係る法体系に則したものとなっている。2017年5月16日の最終草案は、以前のものと比較してトーンダウンされた[5]。全国人民代表大会は2017年6月27日に法案を可決した[6][7]。法律は2018年4月27日に更新された[注1]。
2014年4月に習近平政権は総合的国家安全観︵中国語: 总体国家安全观︶なる国家安全保障に係る基本方針を打ち出しており[6]、国家情報法は中央政府・中国共産党が主導する法に基づいた統制強化︵﹁依法治国[1]﹂︶に向けた取組の中で成立したものである[2]。2014年には反間諜法が強化され[8] 、2015年には国家安全法[9]及び反テロリズム法[10] 、2016年にはサイバーセキュリティ法[11]及び海外NGO国内活動管理法[12]が、それぞれ可決されたのも[13]それらの一環であった[1][5]。
主な条項
立法目的と基本方針
●国の諜報活動を強化及び保障し、国の安全と利益を守ることを目的として、憲法に基づき本法を制定する︵第1条︶[1][6]。
●国の諜報活動においては、総合的国家安全観を堅持し、国の重要政策決定に参考となる情報の提供を行い、国の安全に危害を及ぼすリスクの予防・解消のために情報面での支援を行い、国の政権、主権、統一・領土保全、国民福祉、経済社会の持続可能な発展その他国の重大な利益を守る︵第2条︶[1][6]。
国家情報機関及びその職員の職権の権限
●国家情報機関は、国外の機構、組織及び個人が実施し、若しくは他人に指図若しくは資金援助して実施させた、又は国内外の機構、組織及び個人が結託して実施した中華人民共和国の国の安全及び利益に危害を及ぼす行為に関連する情報を法に従い収集及び処理し、上述の行為を警戒、阻止及び処罰するために根拠又は参考となる情報を提供しなければならない︵第11条︶[1]。
●国家情報機関は、関係する機関・組織[注2]・個人に対して、必要な支持、援助及び協力の提供を要求することができる︵第14条︶[1][6][14]。
●国家情報機関は、必要に応じて、国の関係規定に基づき、厳格な承認手続を経て、技術偵察措置︵通信傍受等︶及び職員の身分保護措置を講じることができる︵第15条︶[1][6]。
●国家情報活動機構の活動要員は、法に従い任務を遂行するに当たり、国の関係規定に基づき、許可を得て、必要な証明文書を提示することにより、立入りが制限されている 関係区域・場所に立ち入り、関係する機関、組織及び個人に対し関係する状況について 聴取又は質問を行い、関係する公文書、資料及び物品を閲覧又は押収することができる︵第16条︶[1]。
●国家情報活動機構の活動要員は、緊急の任務を遂行する必要がある場合、必要な証明文書を提示することにより、通行の便宜を受けることができる。国家情報活動機構の活動要員は、業務上の必要に基づき、国の関係規定に従い、関係 する機関、組織及び個人の交通手段、通信手段及び土地建物を優先的に使用又は法により接収することができ、必要な場合、関連の活動場所及び施設・設備を設置することが できる。任務の終了後は、速やかに返却又は原状回復し、かつ、規定に従い相応の費用 を支払わなければならず、損失を生じさせたときは、補償しなければならない︵第17条︶[1][6]。
諜報活動への協力義務及びその報酬・権利保証
●いかなる組織及び個人も、法に基づき国家諜報活動に協力し、国の諜報活動に関する秘密を守る義務を有し、国は、諜報活動に協力した組織及び個人を保護する︵第7条︶[1][6][15]。
●国は、国の諜報活動に大きな貢献のあった個人及び組織に対し、表彰及び報奨を行う︵第9条︶[1][6]。
●国家情報機関の職員がその任務遂行において、又は国家情報機関の協力者がその協力活動において、本人又はその近親者の身の安全が脅かされたときは、国の関係部門が保護・ 救済のために必要な措置を講ずる︵第23条︶[1][6]。
●国家情報活動に対して貢献し、かつ人身保護のための転居が必要な者に対しては、国は、適切な措置を講ずる。公安、民生、財政、保健衛生、教育、労働、社会保障等の関係部門及び国有企業・事業体は、国家情報活動機構に協力して転居に係る十分な対応を行わなければならない︵第24条︶[1]。
●国の情報活動への支援・協力により財産の損失が生じた個人及び組織に対しては、国の関係規定に基づき補償を行う︵第25条︶[1][6]。
懸念
諜報活動協力への強制を旨とする国家情報法は、いわば先に成立した国防動員法のインテリジェンス版であり、自国の情報機関への協力を原則個人の自由意思に委ねている西側諸国に強い衝撃を与えた[16]。
欧米の政府関係者や専門家らは、ファーウェイなどの中国系企業は、出所に関係なくデータを中国共産党政府に引き渡すことを法律で義務付けられていると主張している[14][17]。オーストラリア戦略政策研究所が発表した記事では、国家諜報法をはじめとする中華人民共和国の多くの法律によって、﹁中国市民と企業は、地理的境界に関係なく、﹃諜報活動﹄への参加の法的責任と義務を負っている﹂と概説されている[18]。
これを受けて、ファイブアイズ加盟国を中心に中国通信機器の締め出しが始まっている。特にアメリカ合衆国は、自国の最新技術を盗み取って軍備増強に利用せんとする中国の動き[注3]に警戒感を顕にしている[16]。2018年に成立した2019年度国防権限法においては、ファーウェイやハイクビジョンなど、次世代通信規格5G・監視カメラ・人工知能︵AI︶関連の中国企業5社に対する政府調達禁止が盛り込まれた。さらに2020年8月には、マイク・ポンペオ国務長官が﹁クリーンネットワーク計画﹂を発表。2020年9月現在、30カ国以上の国の企業がこれに参加[注4]する一方で、5Gで先行するファーウェイなどをはじめとする中国企業を事実上排除する動きが広がっている[20][21][22]。
日本国内においても、自由民主党のルール形成戦略議員連盟などから、本法を念頭に、利用者データの取り扱いについてどのような外国法令が適用されるのかを利用規約に明記すべきなどの提言が出されている[23]。
懸念に対する反論・対抗
懸念に対処するために、ファーウェイは﹁ファーウェイの国外の子会社および従業員は、国家情報法の管轄権の対象ではない﹂とする中倫法律事務所による法律意見書を2018年5月に提出した[24]。
中華人民共和国外交部の耿爽報道官は、同法第8条で﹁国家諜報活動は法に基づき行い、人権を尊重及び保障し、個人及び組織の合法的権益を守らなければならない﹂と定められていることなどを引き合いにして、﹁彼らがこの法律を一面的に解釈し、自国に都合の良い部分だけ断片的に引用するのではなく、全面的に見て、正確に理解することを望む﹂と主張している[15]。
また、王毅外部長は﹁グローバルデータ安全イニシアチブ﹂構想を発表して、アメリカ主導の﹁クリーンネットワーク計画﹂に対抗する構えを見せている[21]。
脚注
注釈
出典
(一)^ abcdefghijklmnop岡村志嘉子 (2017年). “中国の国家情報法”. 国立国会図書館デジタルコレクション. 2020年10月6日閲覧。
(二)^ ab“中国、国家情報法を施行 国内外の組織・個人対象”. 日本経済新聞 電子版 (2017年6月28日). 2020年10月5日閲覧。
(三)^ abカナダ安全情報局 (2018年5月10日). “China’s intelligence law and the country’s future intelligence competitions”. Government of Canada. カナダ政府. 2020年5月29日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年7月3日閲覧。
(四)^ “第3節 中国”. 平成30年版防衛白書. 防衛省. 2020年10月6日閲覧。
(五)^ abTanner (2017年7月20日). “Beijing’s New National Intelligence Law: From Defense to Offense” (英語). Lawfare. 2020年5月30日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年7月3日閲覧。
(六)^ abcdefghijk岡村志嘉子 (2017年). “中国 国家情報法の制定”. 国立国会図書館デジタルコレクション. 2020年10月6日閲覧。
(七)^ “What you need to know about China’s intelligence law that takes effect today” (英語). Quartz (2020年6月28日). 2019年6月11日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年7月3日閲覧。
(八)^ Qing, Koh Gui (2014年11月1日). “China passes counter-espionage law” (英語). Reuters. オリジナルの2020年7月3日時点におけるアーカイブ。 2020年7月3日閲覧。
(九)^ Wong, Chun Han (2015年7月1日). “China Adopts Sweeping National-Security Law” (英語). Wall Street Journal. ISSN 0099-9660. オリジナルの2020年3月28日時点におけるアーカイブ。 2020年7月3日閲覧。
(十)^ Blanchard, Ben (2015年12月28日). “China passes controversial counter-terrorism law” (英語). Reuters. オリジナルの2020年4月24日時点におけるアーカイブ。 2020年7月3日閲覧。
(11)^ “China Adopts Cybersecurity Law Despite Foreign Opposition”. Bloomberg (2017年11月7日). 2020年4月24日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年7月3日閲覧。
(12)^ Wong, Edward (2016年4月28日). “Clampdown in China Restricts 7,000 Foreign Organizations” (英語). The New York Times. ISSN 0362-4331. オリジナルの2020年6月4日時点におけるアーカイブ。 2020年7月3日閲覧。
(13)^ Wong, Edward (2016年4月28日). “Clampdown in China Restricts 7,000 Foreign Organizations” (英語). The New York Times. ISSN 0362-4331. オリジナルの2020年6月4日時点におけるアーカイブ。 2020年7月3日閲覧。
(14)^ abc山田敏弘 (2019年3月7日). “罰金を科された﹁TikTok﹂は、第2のファーウェイになるのか (4/5)”. ITmedia ビジネスオンライン. 2020年10月5日閲覧。
(15)^ ab“外交部、欧米が中国の﹁国家情報法﹂を正確に理解することを望む”. 人民網日本語版 (2019年2月20日). 2020年10月5日閲覧。
(16)^ abc“中国﹁国家情報法﹂ 米に衝撃”. 日本経済新聞 電子版 (2018年12月20日). 2020年10月7日閲覧。
(17)^ Kharpal (2019年3月5日). “Huawei says it would never hand data to China's government. Experts say it wouldn't have a choice” (英語). CNBC. 2019年5月29日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年7月3日閲覧。
(18)^ Hoffman (2018年9月12日). “Huawei and the ambiguity of China’s intelligence and counter-espionage laws” (英語). The Strategist. 2020年7月3日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年7月3日閲覧。
(19)^ 関口聖 (2020年8月14日). “米国の﹁5Gクリーンネットワーク﹂企業にソフトバンクと楽天追加”. ケータイ Watch. 株式会社インプレス. 2020年10月6日閲覧。
(20)^ 細川昌彦 (2020年10月2日). “TikTok騒動の裏で何が起きている? 米中デジタル攻防の本丸とは”. 日経ビジネス電子版. 2020年10月6日閲覧。
(21)^ ab“中国、データ管理基準主導の構想 米の包囲網に…︵写真=ロイター︶”. 日本経済新聞 電子版 (2020年9月8日). 2020年10月6日閲覧。
(22)^ 大和哲 (2020年9月15日). “[ケータイ用語の基礎知識第965回‥クリーンネットワークとは]”. ケータイ Watch. 株式会社インプレス. 2020年10月6日閲覧。
(23)^ “中国アプリに立ち入り検査、情報漏れ懸念で自民議連が政府提言”. ロイター. (2020年9月11日) 2020年10月6日閲覧。
(24)^ Yang (2019年3月5日). “Is Huawei compelled by Chinese law to help with espionage?”. Financial Times. 2020年7月6日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年7月5日閲覧。
関連項目
外部リンク
- 中华人民共和国国家情报法(中華人民共和国国家情報法)
- 中華人民共和国国家情報法(草案)
- The Clean Network(クリーンネットワーク) - アメリカ国務省。悪意ある攻撃者として中国共産党が名指しされている。