「日没 (ジョルジョーネ)」の版間の差分
削除された内容 追加された内容
←新しいページ: 「{{Infobox 絵画作品 | image_file = Giorgione 042.jpg | image_size = 360px | title = 日没 | other_language_1 = イタリア語 | other_title_1 = Il Tramonto | other_language_2 = 英語 | other_title_2 = The Sunset | artist = ジョルジョーネ | year = 1506年-1510年 | type = 油彩、キャンバス | height = 73.3 | width = 91.4 | city…」 タグ: 曖昧さ回避ページへのリンク |
編集の要約なし |
||
(他の1人の利用者による、間の1版が非表示) | |||
18行目:
== 作品 ==
湖に面した画面中央前景の小路のわきの岩に旅行者らしき2人の男が腰掛けている<ref name=JD42>{{harvnb|Jill Dunkerton 通常、前景の2人の人物は[[モンペリエ]]生まれの[[聖人]]で[[ペスト]]患者の[[守護聖人]]である[[聖ロクス]]と、聖ロクスを助けたゴッタルド︵{{it|Gottardo}}︶を表していると考えられている<ref name=NGL /><ref name=CTV />。伝説によると聖ロクスは[[ローマ]]巡礼の旅の途上でペストの患者たちを献身的に看病した。しかし[[ピアチェンツァ]]でペストを患い、森に隠棲するが、同地の貴族ゴッタルドに助けられたという。であるならば、本作品は1504年に[[ヴェネト]]地方を襲った疫病が終息したことに感謝して描かれた可能性がある<ref name=NGL />。他にも若者の足を治している[[パドヴァの聖アントニウス]]、[[レムノス島]]に置き去りにされた[[ピロクテテス]]を助ける[[ネオプトレモス]]、強盗に襲われた旅人の世話をしている[[善きサマリア人]]などの説がある<ref name=CTV />。 24行目:
このうちピロクテテスとネオプトレモスとする説は、2008年に美術史家エンリコ・ダル・ポッツォ︵{{it|Enrico Dal Pozzolo}}︶が唱えたものである。[[ギリシア神話]]によると、[[イリオス|トロイア]]遠征に参加したピロクテテスは航海の途上で足に不治の傷を負ったため、レムノス島に置き去りにされたが、トロイア陥落には彼の力が必要であると[[予言]]されたために、迎えの使者がレムノス島に派遣された。この神話的人物を主人公とする[[ソポクレス]]の[[ギリシア悲劇|悲劇]]﹃[[ピロクテテス (ソポクレス)|ピロクテテス]]﹄が1502年にヴェネツィアで[[アルドゥス・マヌティウス]]によって出版されており、ジョルジョーネらヴェネツィアの芸術家たちの関心を引いた可能性がある<ref name=FsA>{{cite web|title=Il “Tramonto” di Giorgione, uno dei paesaggi più suggestivi della storia dell'arte |accessdate=2022/10/11 |url=https://www.finestresullarte.info/opere-e-artisti/giorgione-il-tramonto-national-gallery |publisher=Finestre sull'Arte}}</ref>。 いずれにせよ、これらの2人の人物と水辺の悪魔は絵画本来の描写であるが、悪魔が描かれている意味は不明である<ref name=NGL /><ref name=CTV /> [[File:Giorgione - Tramonto.jpg|thumb|280px|ジョルジョーネの真筆とされる夕焼けの光に包まれた遠景部分。丘陵の上の都市と、その左下に描かれた水辺の水車小屋など、詳細に描かれている。]] [[File:Vista facciata principale Villa Garzoni.jpg|thumb|280px|絵画が発見されたポンテカザレのガルツォーネ荘(メインファザード)。]]
状態の良い前景の砂利や背景の風景はジョルジョーネによるものと考えられている<ref name=NGL />。特に遠景は本作品の最も魅力的な部分であり、ジョルジョーネは多くの注意をこの部分に集中させている その他の人物のうち、一説によると[[大アントニオス|聖アントニウス]]とされる<ref name=CTV />画面右端の「隠者」は広範囲に塗り直されているが、人物像の頭と腕は本来の描写の断片に基づいている可能性がある<ref name=NGL />。
聖ゲオルギウスとドラゴン、および湖中央の怪物は絵画の状態の悪さを隠そうとした20世紀の修復者による追加である<ref name=NGL /><ref name=CTV />。実際に1933年の発見当時と初期の修復後に撮影された絵画の写真画像が複数残っており、そこに聖ゲオルギウスと湖中央の怪物の図像を見ることはできない == 来歴 ==
絵画の来歴は不明である。1931年から1932年頃に、{{ill|コッレーレ博物館|en|Museo Correr}}の館長{{ill|ジュリオ・ロレンツェッティ|it|Giulio Lorenzetti}}によって、パドヴァ県[[カンディアーナ]]のポンテカザレ︵{{it|Pontecasale}}︶にある{{ill|ヴィラ・ガルツォーネ (ポンテカザレ)|it|Villa Garzoni (Pontecasale)|label=ガルツォーネ荘}}の多くの古い絵画が置かれた倉庫の中から発見された<ref name=CTV />。この建築物は1540年頃に[[建築家]][[ヤーコポ・サンソヴィーノ]]の設計で建設されたもので、ヴェネツィアの貴族ドナ・ダッレ・ローゼ︵{{it|Donà dalle Rose}}︶家が所有していた<ref name=JD42 />。 発見された絵画は非常に状態が悪く、画面右下にキャンバスを貫通する穴があり、穴の周囲の絵具が剥落していた。また画面左側の木々と画面中央、右上の岩場は損傷を受けるかあるいは絵具が著しく失われていた<ref name=NGL /><ref name=CTV /> == ギャラリー ==
49行目:
== 参考文献 ==
* {{Cite journal|author=Jill Dunkerton
* {{Cite journal|和書|author=河田淳
== 外部リンク ==
|