星野辰雄
日本の法学者、商学者
人物・経歴
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1893年、渋沢栄一の庶子として生まれる[3][4]。
星野錫︵東京印刷社長・衆議院議員︶の養子となり、星野姓を名乗る[4]。
立教学院を経て、東京帝国大学仏法科を卒業したのち、同大学院にて商法および仏法の研究を行う[2][5]。1923年︵大正12年︶に弁護士登録を行う[2]。
その後、フランス・パリにあるソルボンヌ大学並びにリヨン大学で労働立法、商法、経済の研究に従事。また、1921年︵大正10年︶からは、国際労働会議に出席した[2]。
立教大学の教授となり、労働法制とフランス語を講じた[2][6]。東京印刷会社及び東京醸造会社の取締役も務めた[2]。
1928年︵昭和3年︶に、母校の立教学院後援会が組織された際には、会長に就任した松崎半三郎︵森永製菓社長︶とともに副会長となり、立教学院校友会の幹事役員も務めた[5]。1930年︵昭和5年︶には、立教大学の学生消費組合部長を務めた[7]。
主な著作
編集- 『労働立法の国際的統一運動』 星野辰雄著 伊藤重治郎編 立教大学商学研究室 1930年
- 『婦人参政権の理論と実際』 ジョセフ・バルテルミイ著 星野辰雄訳 白水社 1931年
- 『労働法提要』アンリ・カピタン、ポール・キューシュ共著 星野辰雄、石崎政一郎共訳 梓書房 1932年
- 『法学フランス語入門』星野辰雄著 白水社 1934年
親族
編集脚注
編集- ^ 国立情報学研究所 Webcat Plus 『星野 辰雄』
- ^ a b c d e f 「既刊號論文目次・本號執筆者」『商學論叢』第13巻、立教大学経済学部・経済学研究科、1935年12月。
- ^ a b 坂戸市立図書館 郷土の人『大川平三郎』
- ^ a b c 閨閥学 『星野家(衆議院議員・星野錫・星野辰雄の家系図・子孫)』
- ^ a b 『立教大学新聞 第72号』 1928年(昭和3年)12月5日
- ^ 国立国会図書館デジタルコレクション 『立教大学一覧 昭和8年3月』 1933年
- ^ 『立教大学新聞 第90号』 1930年(昭和5年)8月15日