ジャイシュ=エ=ムハンマド
パキスタンを拠点とするイスラム主義組織
ジャイシュ=エ=ムハンマド(ウルドゥー語: جيش محمد、英語:Jaish-e-Mohammed、略称:JeM)は、パキスタンのイスラム主義組織。
ジャイシュ=エ=ムハンマド | |
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活動期間 | 2000年 - 現在 |
活動目的 | イスラム原理主義 |
指導者 | マソオッド・アズハル |
本部 | パンジャーブ州、バハーワルプル |
概要
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パキスタンのアザド・カシミールを拠点とするイスラーム過激派。カシミール地方のインドからの分離を目指しジャンムー・カシミール州を中心にテロ活動をしており、カシミール地方では最も過激な組織とされる。2002年にパキスタンのパルヴェーズ・ムシャラフ政権はJeMを非合法組織に指定した。ジャイシュ=エ=ムハンマドとは﹁ムハンマドの軍隊﹂という意味である。1968年にパキスタンのバハーワルプルに生まれたマウラナ・マスード・アズハール︵Maulana Masood Azhar︶はカラチでイスラム原理主義組織・ハラカト=ウル=アンサール︵Harkat-ul-Ansar、HuA︶に加入し、その幹部となるとケニアやソマリアなど各地に派遣され、ソマリアのイスラーム過激派・アル=イテハド・アル=イスラミーヤ︵Al-Itihaad al-Islamiya︶やアルカーイダと関係を築いた[1]。
活動
編集1994年
編集1994年、アズハールは、HuAを構成していた2つの派であるハラカト=ウル=ジハード・アル=イスラミー(Harkat-ul-Jihad al-Islami、HuJI)とハラカト=ウル=ムジャヒディーン(Harkat-ul-Mujahideen、HuM)の対立を仲裁しにシュリーナガルに入ったところをインド治安当局に逮捕された。HuJIはソビエト連邦軍のアフガニスタン侵攻に対抗して1984年にパキスタンで最初に結成されたイスラム原理主義組織で、HuMは1989年にサイイド・アフガニ(Sajjad Afghani)をリーダーに生まれたカシミールの武装組織である。HuJI、HuMともにターリバーンとの密接な関係がある。
1999年
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1999年12月、カトマンズ発デリー行きのインド航空814便がHuMによってハイジャックされた︵インディアン航空814便ハイジャック事件︶。機体はターリバーン統治下のカンダハールに着陸させられた。乗客の解放と交換でアズハールはインド政府から釈放され、直ちにHuMのメンバーを集めて、より過激なジャイシュ=エ=ムハンマドを誕生させた。HuMの創設者であったサイイド・アフガニもJeMのナンバー2となった。JeM創設以降、HuMは大きな活動を行っていない。一方、HuJIは軍統合情報局︵ISI︶の支援を受けてインド国内・バングラデシュ国内で活発なテロを起こしている。
2001年
編集JeMは2001年12月13日、ラシュカレ・タイバ(LeT)との共同作戦でインド国会議事堂を襲撃した。その後もアメリカ人の誘拐などを繰り広げている。
2016年
編集2019年
編集脚注
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(一)^ Watson, Paul; Sidhartha Barua (2002年2月25日). “Somalian Link Seen to Al Qaeda”. LA Times. オリジナルの2002年2月25日時点におけるアーカイブ。 2009年1月7日閲覧。
(二)^ “インド空軍基地でテロ イスラム過激組織、印パ関係改善妨害か”. (2016年1月2日) 2019年8月20日閲覧。
(三)^ “インド軍 宿営地襲撃され兵士17人死亡 カシミール州”. (2016年9月18日) 2019年8月20日閲覧。
(四)^ “カシミールで自爆テロ、治安部隊の44人死亡”. 読売新聞. (2019年2月15日) 2019年8月22日閲覧。
(五)^ “インドがパキスタン空爆 カシミール自爆テロに報復か”. (2019年2月26日) 2019年8月22日閲覧。