ビートたけしのオールナイトニッポン

日本のラジオ番組
オールナイトニッポン > ビートたけしのオールナイトニッポン

198111199012271:003:00
ビートたけしのオールナイトニッポン
ジャンル ラジオバラエティ
放送方式 生放送
放送期間 1981年1月1日1990年12月27日
放送時間 120分(25:00〜27:00)
放送局 ニッポン放送
ネットワーク NRN
パーソナリティ ビートたけし
出演 高田文夫
たけし軍団
片岡鶴太郎
たけし軍団セピア
浅草キッドブラザーズ
プロデューサー 近衛正通
ディレクター 森谷和郎、鳥谷規
安岡喜郎土屋夏彦
特記事項:
1986年12月〜1987年7月の半年間は、ビートたけしが芸能活動を謹慎していたため休止。
テンプレートを表示

概要

編集

ビートたけしの絶頂期に放送されていたラジオ番組で、ビートたけしがツービートを離れ単独で担当した初のメイン番組にして、漫才ブームからフライデー襲撃事件を経て映画監督となるまで、一貫して担当していた唯一の番組でもある。

オープニングトークと曲の後は前半がフリートーク、後半に各コーナーというのが通常のパターン。「毒ガス標語」に代表される時事ネタや社会事象への風刺、や自身のプライベート、仕事の話をメインに据えた巧みなトークに加え、時に各種のツアーやロケ、更にはスタジオにおいて運動やテレビゲームなど視覚を主体とした企画を実行する斬新さにより、当時の若者の人気を獲得したのみならず、演芸・芸能に携わる業界人にも多大な影響を与えた番組で、「伝説のオールナイトニッポン」と称される事もある。

開始までの経緯

編集



19808[1]2[2][3]?[3]TBS![4][5]![5][5]

19801[5]2[6][7][8]

?[9][9]

101=[10]1975419761219784197931979419806[11][10]1981TBS[10][12]

特徴

編集

[13]!



稿使



稿稿稿

[14]

++

フリートークの内容

編集

退退退


番組で取り上げられた人物

編集


歌手・俳優・タレント

編集



19815



121















108







(24)!



198840




お笑い芸人

編集















2016K




スポーツ選手

編集











?




事務所関係者

編集



:











30

業界関係者

編集



IVSIVS!!



TBSTBS !















KANOX



!!



20039159[15]











JVC

家族その他

編集



























JAC

各種企画

編集

主なコーナー

編集


!TBS[16] 使








CM


2


!?





19842稿稿1984

寿
寿寿


稿


調


19852[17]




3
調










CM
CM





CM




使
使


5!




宿
宿





!








使











!


Mr.











2








1984

11

番組招待企画

編集

198512


ツアー企画

編集

1988119888198781985719896

ロケ企画

編集

たけしがスタジオにおり、軍団・セピアが外から中継する企画。真冬のニッポン放送屋上に「たけちゃん神社」を作り軍団がパンツ一丁でお参りに行く(1982年1月)、生放送中にリスナーに島田洋七のラーメン屋へ食べに行くよう呼びかけ店の様子をレポートに行く(1987年9月)等があった。

ラジオドラマ企画

編集

1

連動企画

編集

19862
9

198812
1988121使1214

単発企画

編集

519817

5使4001

19821



19829



19865



19865



198811

3[18][19]

プロレス企画

編集

1987TPG

たけし欠席時企画

編集

198612
319!!19871326



198971
2(199096)

主なハガキ職人

編集




1 CM


姿





稿








!!








番組ファンおよび影響を受けた有名人

編集



STV

 鹿


 鹿2調CBC





2











3001986稿[20][21]調


[22][23]





2





[24]





[25] 

西
2[26]

西
Dolls


1RCC22


201545

番組終了とその後

編集

1989

310

19901227!1

2000[27]19905[28][29]

201746[30]81987[31][30][31]5[31][30]

1991213[32]

主な事件簿(略年表)

編集

1
112!1

2


3
!

5




6


7


5

8



  • 2月
    • 札幌の女事件
    • 松尾憲造(現:松尾伴内)弟子入り、ニッポン放送入り口で挙動不審者と間違われる
  • 4月
    • 和田アキ子乱入&放送禁止語連発事件
  • 9月
    • ラロトンガ島ニセ生放送事件
  • 11月
    • 菊地マネージャー札幌カニばさみ事件、この頃から「ジキル菊地」として話題になり始める
    • 松岡さんのカニの店事件、高田文夫の友人で放送作家の松岡孝経営のカニの店のプレオープンイベントに行くが、冗談で食中毒を装ったところシャレにならない事態に
  • 12月

1
3

2


姿

3


5


6
ANN

8
209

9




12


1




2




3
TBS



6
殿

25

9


10
!

12
28
  • 1月
    • 映画『夜叉』のロケで高倉健と出会う、高倉が田中邦衛と組んで漫才をやろうとした事などが話題に
  • 3月
    • 「悪魔の館」仮装パーティー事件、堀切ミロ主催の仮装パーティーで、軍団が股旅やクリの着ぐるみで来ようとして職務質問を受ける
  • 4月
    • 森谷初代ディレクターから鳥谷ディレクターに交代
    • ハガキ職人・道上ゆきえのニセ引退事件、すぐに復帰
  • 5月
    • チェック安原」初登場
  • 7月
    • ハガキのポイント制が始まる
  • 8月
  • 10月
    • 北の屋開店
  • 12月
    • 北の屋から忘年会中継、たけしが体調不良で途中ダウン

1


2




3


4
43ANN2

5






8
TBS !

12
1291211HITACHI FAN! FUN! TODAYNHK

3
326618625618[33]

6
625ANN303

7
723



8


12


1


2
姿

3
324退

8


12

  • 2月
    • 鬼瓦権造の名前で電話帳に名前を掲載していた男性に生電話事件
  • 3月
    • 跳び箱オリンピックの続編、逆上がりオリンピック開催
  • 4月
    • ウッチャンナンチャン自身のANN(金曜1部)を開始する前日、当番組でPRが放送された。事前に収録したもので、緊張の為か「たけしさんのオールナイトは2人ともファンでした、宜しくお願いします。」と笑いゼロの内容だった。
  • 7月
    • 内田裕也をゲストに迎えるが、たけしがドタキャン。怒り狂った裕也だったが最後には「たけちゃん、頼むから来てくれよ」とボヤいて去っていった。
  • 10月
    • 白いマンション強盗事件
  • 12月
    • 経営不振からお好み焼き店となった北の屋から忘年会中継

2


8


9
96CBC



10
TBS

1026B21

12
1227?

その他エピソード

編集

3



13

OKVol.4



?



183

:





219791019813312



341994退!

CMフィラー

編集
  • 「リ・ア・ス」
  • 「Gun-do」
  • 「岩清水」
  • 「蛍」
  • 「邪馬台国の夜明け」
  • 「奥の細道」

以上、1981年10月〜1982年9月。姫神せんせいしょんのアルバム「奥の細道」より

以下は放送末期(最終回まで)

  • 「City Lights」(Dan Siegel
  • 「Class Reunion」(Dan Siegel)
  • 「Memories Of The West」(Dan Siegel)
  • 「JOY RIDE」(Dan Siegel)

※ローカルCM時間帯に流れるCMフィラー

エンディング曲

編集

※ほぼフルコーラス流れて番組は終了。時報が鳴る。

放送時間

編集
  • 木曜 深夜25:00-27:00(ニッポン放送をキーステーションに全国ネット)

レギュラー放送終了後の復活

編集

関連書籍

編集
  • 番組本

「幸せシリーズ」と呼ばれタイトルに「幸」の文字が必ず入っていた。ほぼ年1冊のペースで出版。

    • ビートたけしの三国一の幸せ者(1981年7月)
    • ビートたけしの幸せひとり占め(1981年12月)
    • ビートたけしのおもわず幸せになってしまいました(1982年、以上サンケイ出版)
    • ビートたけしの無条件幸福(1983年)
    • ビートたけしのニッチも幸も(1984年)
    • ビートたけしの幸か不幸か(1985年)
    • ビートたけしの不幸中の幸い(1986年)
    • ビートたけしの全面幸福(1988年)
    • ビートたけしのその男幸せにつき(1990年1月)
    • ビートたけしの幸せ丸十年(1990年11月、以上ニッポン放送出版
  • 番組カセットブック
    • ビートたけしのここに幸あり-カセット版ベスト・オブ・オールナイトニッポン(1988年、扶桑社
  • その他
    • hon-nin(太田出版ムック)連載企画:ビートたけしのオールナイトニッポン傑作選!/2006年9月〜Vol.0〜Vol.4(2008年2月発売)
    • 本人本01 ビートたけしのオールナイトニッポン傑作選!(オフィス北野/ニッポン放送/高田文夫事務所/太田プロダクション/兵庫慎司、2008年2月、太田出版)
上記『hon-nin』の連載を纏めたもの。「伝説の第一回放送(1981年)」「衝撃!「札幌の女」スキャンダル事件(1982年)」「映画『戦場のメリークリスマス』特集!(1982、1983年)」「キドカラー大道ノックバット裁判事件(1986年)」「たけし、霊能力者に会う!事件(1987年)」「宮崎県知事、日本右往左往の頃(1981年、『hon-nin』には未収録)」が収められている。

関連項目

編集

参考文献・出典・脚注

編集


(一)^  202349 

(二)^  202349-50 

(三)^ ab 202350 

(四)^  202350-51 

(五)^ abcd 202351 

(六)^  202351-52 

(七)^  202352 

(八)^  202352-53 

(九)^ ab20199172019918

(十)^ abc1974 2016319-321ISBN 978-4-08-781610-5 

(11)^ 198411985101

(12)^ 1982731

(13)^ 198710!19894

(14)^ 稿

(15)^ . . (200392). https://www.shikoku-np.co.jp/national/okuyami/article.aspx?id=20030902000429 20191025 

(16)^ 

(17)^ 01!2008pp.123

(18)^ 西1998p.120

(19)^ 01!2008pp.46-47

(20)^ 2001pp.238-241

(21)^ / <>2003p.234

(22)^ 200051 

(23)^  2003p.115

(24)^ 3

(25)^ !2008p.2

(26)^ 西 11 20132p.204

(27)^ 2003p.38

(28)^ 1985pp.22-30,314-317

(29)^ <>  1989921992p.117

(30)^ abc. . (201746). https://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2017/04/06/kiji/20170406s00041000469000c.html 201747 

(31)^ abc . . (201746). https://www.daily.co.jp/gossip/2017/04/06/0010072594.shtml 201747 

(32)^ 2001p.176

(33)^ 1980  . Nicheee! (20091110). 2020109

(34)^ ANN50

外部リンク

編集
木曜1部

前担当

ダディ竹千代

ビートたけしのオールナイトニッポン
木曜 25:00 - 27:00

ビートたけし

次担当

古田新太