フィルター (数学)
歴史
編集定義
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半順序集合 (P, ≤) の空でない部分集合 Fは次の条件を満たすときフィルターと呼ばれる。
(一)F の任意の元 xと yについて、F の元 zが存在して z ≤ x と z ≤ y が成立している。︵F は フィルター基である︶︵Fは双対順序が有向集合である︶
(二)F の任意の元 xについて、x ≤ y となるような Pの元 yは Fに入っている。︵F は 上に開いている︶︵Fは上方集合である︶
(三)P 全体と一致しないようなフィルターは固有フィルターあるいは真のフィルターともよばれる。この条件はしばしばフィルターの定義の一つとして要請されている。以下この項目でも特に断らない限りフィルターの条件として固有性を仮定する。
上に上げた定義は任意の半順序集合上にフィルターを定義する上で最も一般的な形式であるが、初めフィルターは束に対してだけ定義されていた。束の場合には次の条件によってフィルターを特徴付けることができる‥束 (P, ≤) の空でない部分集合 Fは、上に開いていて、かつ有限回の交わり操作︵最大下界︶で閉じている︵つまり、x と yが Fに入っているなら x∧ yも Fに入っている︶とき、およびそのときに限ってフィルターになる。
P 上のフィルター Fと Gについて、F ⊆ Gならば Gは Fより細かい、または Fは Gより粗いといい、これら二つのフィルターは比較可能だという。二つのフィルターがいつでも比較できるとは限らない。比較可能なほかのどんな真のフィルターよりも細かい真のフィルターは超フィルター (ultrafilter) と呼ばれる。
P の元 pを含むような P上のフィルターのうちで最も小さいものは単項フィルターと呼ばれ、また pはそのフィルターの生成元と呼ばれる。p によって生成される単項フィルターは具体的には ↑p = { x∈ P | p ≤ x } として与えられる。
フィルターの双対概念をイデアルという。つまりフィルターの条件における ≤ を ≥ に、∧ を ∨ にそれぞれ取り替えた条件を満たす半順序集合の部分集合をイデアルという。
このイデアルの定義は束上で代数構造におけるイデアルの概念と一致する(束は順序構造とともに代数構造を持つ)(この時、超フィルターの概念は極大イデアルに対応する)。
写像とフィルター
編集冪集合の上のフィルター
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フィルターの特別な例として冪集合上に定義されるフィルターが挙げられる。任意の集合 Sに対し、その冪集合 P(S) 上に部分集合のあいだの包含関係によって半順序 ⊆ を定めることができ、これによって (P(S), ⊆) は束になる。特に混乱のないときは P(S) 上のフィルターは単に S上のフィルターと呼ばれる。この集合 S上のフィルター Fは次のような P(S) の部分集合として特徴付けられる:
(一)S は Fに入っている︵F は空でない︶
(二)空集合は Fに入っていない︵F は固有フィルター︶
(三)A と Bが Fに入っているならそれらの共通部分も Fに入っている︵F は有限の共通分操作について閉じている︶
(四)A が Fの元、B が Sの部分集合でかつ Aが Bの部分集合になっていれば Bも Fに入っている︵F は上に閉じている︶
はじめの3つの条件からフィルターは有限交差性を持つ︵フィルターの元の有限個の共通分は空にならない︶ことが分かる。
次の性質を持つ P(S) の部分集合 Bはフィルター基と呼ばれる:
(一)B に属する有限個の集合の共通部分は Bのある集合を含む
(二)B は空でなく、空集合は Bに入っていない
フィルター基 Bが与えられたとき、 Bを含む P(S) の元すべてを考えることでフィルターが得られる。
集合 X上のフィルター Fと写像 f: X→ Yに対し、P(Y) の部分集合 { f(A) : A∈ F} はフィルター基になっている。これによって生成されるフィルターは記法の濫用によって f(F) と書かれる。
S の各部分集合 Tに対して、 Tが生成する単項フィルターが考えられる。また、S の任意の元 pについて、 {p} が生成する単項フィルターのことを言葉の濫用により pが生成する単項フィルターとも呼ぶ。S の任意の元 pについて、p が生成するフィルターは超フィルターになっている。有限集合上の超フィルターは必ず単項フィルターの形をしている。反対に、︵無限集合上で︶単項フィルターの形をしていない超フィルターの存在証明にはツォルンの補題が必要になる。
F が S上の超フィルターならば、S の任意の部分集合 Aについて A∈ Fか Ac∈ Fのどちらかが成立している。
例
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●無限集合S に対し、補集合が有限であるようなS の部分集合すべての集まりは S上のフレシェフィルターと呼ばれる。
●集合 X上の一様空間の構造は X× X上のフィルターのうちで特定の公理を満たすものによって与えられる。
●Rasiowa-Sikorskiの補題によって半順序集合上のフィルターが構成され、強制法で用いられている。
モデル理論におけるフィルター
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集合 S上の任意のフィルター Fに対し、以下のようにして集合関数が定義できる‥
この関数は有限加法性を持ち、弱い意味での測度になっている。従って﹁φ はほとんど至る所成り立つ﹂の類似として、
というかたちの言明が考えられる。フィルターへの帰属関係についてのこの解釈はモデル理論における超積の研究で︵直ちに厳密な証明を与えるものではないが︶指導原理として用いられている。
超積
編集詳細は「超積」を参照
N を自然数の集合、F を N上の単項フィルターでない超フィルターとする。任意の集合 Sについて Sの元の列がなす集合 SNの上で、﹁N の部分集合 { n| xn= yn} が Fに入っている﹂という関係 (xn)n∈N ∼ (yn)n∈N を考えることができる。フィルターの満たす条件からこれは SN上の同値関係を定めており、この関係 ∼ によって SNを割って得られる集合 Sω は Sの超積︵超冪︶とよばれる。もとの集合 Sは定値列によって Sω に埋め込まれていると考えることができる。
こうして構成される超積は超準解析の最も簡単なモデルを与えている。S が有理数の集合 Qのとき、数列
(0, 1, 0, 1, 0, 1, 0, ...)
が表す Qω の元は、偶数集合と奇数集合のどちらが超フィルター Fに入っているかに応じて Qの元 0 か1のどちらかと同じものを表している。
位相幾何学におけるフィルター
編集「集積点」も参照
位相幾何学や解析学において、距離空間での点列の収束の類似として、一般的な収束の概念を定式化するためにフィルターが用いられる。
位相空間 Xの点 xがあたえられたとき、 xの近傍すべてを取ることで X上のフィルター Nxが得られる。X 上の︵固有︶フィルター Fで Nxより細かいものは xに収束しているといわれ、F → xとかかれる。フィルター Fと Gについて、G が Fより細かく、F → xとなっていれば明らかに G→ xも成り立っている。また、点 xの任意の近傍がフィルター Fの任意の元と交わるとき、つまり任意の M∈ Fについてx が Mの閉包に入っているとき、x は Fの集積点だという。この状況は Nxと Fのどちらよりも細かいフィルターが存在する、として言い換えられる。
また︵適切な公理を満たす︶収束フィルターとその収束先の組全てからなる族が与えられたとき、そこから位相を定義することが出来る︵その点に収束するフィルターの共通部分として近傍系が定義される︶。このことから位相空間論の諸結果は次のように全てフィルターを用いた議論に言い換えられる‥
(一)X 上の任意のフィルターの極限が高々一つ︵つまり、多くても一つの点にしか収束していない︶のとき、およびそのときに限って Xはハウスドルフ空間になる。
(二)位相空間のあいだの写像 fが点 xで連続になるのは、F → xならば f(F) → f(x) となっているとき、およびそのときに限る。
(三)X が︵準︶コンパクトになるのは任意の超フィルターが収束しているとき、およびそのときに限る。
一様空間におけるフィルター
編集他分野への応用
編集社会選択理論 (経済学) におけるフィルター
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社会選択理論において、単項フィルターでない超フィルターは、無限人の選好を集計するための (社会厚生関数とよばれる) 集計ルールを構築するために用いられる。有限人ケースに対する有名なアローの不可能性定理の述べるところと異なり、そのような集計ルールは、アローが提示した条件 (公理) をすべて満たすことが知られている (e.g., Kirman and Sondermann, 1972[6])。
しかしながら、そのような集計ルールを計算するようなアルゴリズムは存在しないため、それらの集計ルールの実用的な意味合いは乏しいことが指摘されており、アローの不可能性定理をかえって強化する結果となっている (Mihara, 1997[7], 1999[8])。
参考文献
編集- ^ 後に Bourbaki, N. (1971) "Topologie générale" Nouv. ed. Paris : Diffusion C.C.L.S. として出版された。邦訳は ブルバキ、「数学原論 位相1-5」および「数学原論 位相 要約」、東京図書 (1968, 1969)。
- ^ Beaulieu, L. (1990) "Proofs in expository writing — Some examples from Bourbaki's early drafts" Interchange, 21, 35–45.
- ^ Cartan, H. (1937) "Thèorie des filtres". C. R. Acad. Paris, 205, 595–598.
- ^ Cartan, H. (1937) "Filtres et ultrafiltres" C. R. Acad. Paris, 205, 777–779.
- ^ Miklós Rédei, Quantum Logic in Algebraic Approach, Springe, 1998, p. 39.
- ^ Kirman, Alan P; Sondermann, Dieter (1972). “Arrow's theorem, many agents, and invisible dictators”. Journal of Economic Theory 5 (2): 267–277. doi:10.1016/0022-0531(72)90106-8. ISSN 00220531.
- ^ Mihara, H. Reiju (1997). “Arrow's Theorem and Turing computability”. Economic Theory 10 (2): 257–276. doi:10.1007/s001990050157. ISSN 0938-2259.
- ^ Mihara, H. Reiju (1999). “Arrow's theorem, countably many agents, and more visible invisible dictators”. Journal of Mathematical Economics 32 (3): 267–287. doi:10.1016/S0304-4068(98)00061-5. ISSN 03044068.