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﹁現代仮名遣い﹂は以下の二つの原則によっている。歴史的仮名遣の表記と妥協、ないしは現代語音韻に基づく表音主義によって改めることでできた仮名遣であるので、完全な表音式表記ではなく、だから正書法であるとする。
●おおまかに現代語の音韻に従って語を書き表す。
●特定の語については、表記の慣習を尊重する。
その具体的表記は、﹁現代かなづかい﹂は歴史的仮名遣の書き替えという形式をとっている。﹁現代仮名遣い﹂は﹁語を現代語の音韻に従って書き表すこと﹂を﹁原則﹂として優先的に説明し、﹁表記の慣習﹂を﹁特例﹂であるとして後から補足する形で説明している。ここでは以下のようにまとめる。
●︻表音本則︼ ﹁ゐ︵ヰ︶﹂﹁ゑ︵ヱ︶﹂﹁を︵ヲ︶﹂を用いる語は、ア行の音で表す。
●︻表音本則︼いわゆるハ行転呼音﹁はひふへほ﹂を用いる語は、発音によりア行または﹁ワ﹂の音で表す。つまり﹁は﹂は﹁わ﹂である。
●︻準則︼以上のうち、助詞の﹁は﹂﹁を﹂﹁へ﹂の語に限り歴史的仮名遣と同一とする。つまり、音ではつづらない。
●﹁現代かなづかい﹂ではこの準則を﹁わ/お/え﹂と書いても構わないと解釈した︵文部省資料参照︶が、﹁現代仮名遣い﹂では﹁は/を/へ﹂に統一された。
以上の表音本則は﹁現代かなづかい﹂からの最も特徴的な部分であり、これらの本則には例外事項がほとんどない。﹁現代仮名遣い﹂における﹁現代語の音韻に従って書き表す﹂とは、﹁イ﹂の音を﹁い﹂で綴り、﹁ゐ﹂﹁ひ︵ハ行転呼音︶﹂の場合は﹁イ﹂の音であるから﹁い﹂とつづる、という意味であるが、歴史的仮名遣と比較するため以上のようにまとめる。
●︻表音本則︼﹁ぢ・づ﹂を含む語は﹁じ・ず﹂で表す。
●︻準則︼いわゆる連濁・複合語、語意識の働く語彙に関しては、歴史的仮名遣における﹁ぢ・づ﹂を許容する。
﹁現代仮名遣い﹂では﹁現代かなづかい﹂より許容範囲が広い。この使い分けは﹁現代仮名遣い﹂では中等教育から指導される。
- 【表音表記則】拗音・促音などは仮名の小書きを行う。ただし歴史的仮名遣でも行うことがある。
長音の場合、さらに複雑な規則がある。
●︻表音本則︼﹁あ・い・う﹂列長音は該当列の母音を添える。﹁かあさん﹂﹁しい︵椎︶﹂﹁つうしん︵通信︶﹂。
伸ばした音の母音を添えるのが原則であり、長音符﹁ー﹂は用いない。ただし志向形と助動詞﹁う﹂に関して後述するが、﹁かあさん﹂﹁しい﹂﹁つうしん﹂の﹁あ﹂﹁い﹂﹁う﹂は、この表記が長音を表す音韻表記である限り、該当母音が長音であることを表す長音記号であると言え、広義には長音記号を用いているとも解釈できる。
●︻オ列長音表音本則︼オ列長音はウを添える。﹁こううん︵幸運︶﹂など。
●︻オ列長音補足︼形容詞の語尾が﹁〜かう﹂﹁〜たう﹂等となる語がオ列長音となる場合、﹁〜コウ﹂﹁〜トウ﹂とつづる。﹁たこう﹂﹁ありがとう﹂など。
●︻オ列長音準則︼歴史的仮名遣におけるハ行転呼音﹁ホ﹂での﹁オ列長音﹂は、﹁こおり︵こほり︶﹂のように、オを添える。
●︻オ列長音準則︼歴史的仮名遣における﹁ヲ﹂での﹁オ列長音﹂は、﹁とお︵とを︶﹂のように、オを添える。
形容詞の場合は本則通りであるが、﹁ありがたし/ありがとう﹂に見られるように語幹が変化している。これは﹁現代かなづかい﹂や﹁現代仮名遣い﹂では﹁語幹が変化するものもある﹂と説明される。歴史的仮名遣までは、語幹が変化するものはサ変﹁す/する﹂カ変﹁来︵く︶/来る﹂など特殊な例であったが、現代仮名遣いでは正則活用にも現れる。特例表記がなぜ存在するかについて、次で述べるように﹁志向形︵名称は時枝文法による︶﹂の形を導入し、その活用形から長音ではないと解釈する。また﹁こおり﹂﹁とお﹂の問題も長音ではないと解釈すれば、例外を適用せず原則だけで説明できる。
﹁志向形﹂とはだいたい次のようなものである。
﹁笑ふ﹂に﹁む﹂が接続して﹁笑はむ﹂という表現があった。この﹁む﹂が撥音﹁ん﹂に変化して、やがて﹁う﹂という助動詞になり、﹁笑はう﹂となった。この頃すでにハ行転呼は起きていたために、読みは﹁ワラワウ﹂から﹁ワラオー/ワラオウ﹂などに変化した。歴史的仮名遣では語としての長音変化を表さないが、現代仮名遣いでは本則によって﹁笑はう﹂を﹁笑おう﹂とつづる。志向形は未然形と違って、現代では﹁笑わ﹂に﹁う﹂が接続した場合にだけ生じる﹁お﹂の音が、﹁何かしよう﹂という方向性の違いを持ったことから﹁笑お﹂の活用は志向形と定められる。同様の発想で﹁已然形﹂は﹁仮定形﹂となり、音便は﹁音便形︵時枝文法︶﹂とし﹁連用形﹂には含めない。〜すれこそのすれは已然形とされるなど、文法の世界ではその意味合いが重視されるからである。
ここで一つの問題が生じる。﹁笑おう﹂の﹁う﹂は助動詞か否かという問いである。同じ表音本則の﹁つうしん﹂も﹁笑おう﹂も﹁こううん﹂の﹁う﹂と同様の意識でつづられるものだが、歴史的仮名遣では表音よりもこの点の差異、助動詞という語意識を重視する。だから歴史的仮名遣では﹁笑はう﹂となり﹁う﹂の長音は表さず、助動詞だけを表している。長音を表すようにすることで、助動詞﹁う﹂が接続して初めて﹁ワラオー﹂になったということが、表記からはわからなくなるからである。
以上の助動詞の問題、表音的ではない問題の解釈を解決するために、長音表音本則は以下のように解釈する︵以下は廣田の説明によった︶。
●︻オ列長音表音本則修正解釈項︼以上二項の︻オ列長音準則︼にあたる表記例は︵こおり、とお︶オ列長音ではない。︻表音本則︼に設けた﹁ホ→オ﹂﹁ヲ→オ﹂の対応と解釈する。
●︻オ列長音表音本則修正項︼志向形と助動詞﹁う﹂︻オ列長音補足︼にあたる場合は︵笑おう︶オ列長音ではない。﹁笑お﹂という志向形の活用が現代にはあって、さらに助動詞﹁う﹂がついたものである。
﹁ウ﹂のではなく大原則に則って﹁笑おお﹂と書くようになれば、助動詞﹁う﹂は消滅する。だからオ列長音だけは﹁う﹂を付けなければならない。ところが、特にこの志向形に関する問題は深刻で、時枝は﹁意思を表はす助動詞の表記として意識されてゐるものであるのにもかかはらず、今の場合、これを一方では長音記號として借用しながら、なほかつそれを助動詞の表記であるかのやうに誤信し、又それを一般に强ひるやうな態度が認められるのである﹂と批判している。歴史的仮名遣論者から批判される長音の問題は特にこれのことである。
ところで、推量の﹁よう﹂や﹁う﹂など活用形が同等であるのに異なる活用形を認めるのは、用法の上から見てそうせざるを得ないからである。橋本進吉によれば、たとえば﹁らし﹂のような助動詞は次の係り結びを以て活用形が認められる。
●雪解︵ゆきげ︶の水ぞいま増さるらし
●ぬき亂る人こそあるらし
係り結びの規則から、この﹁らし﹂は明らかに﹁連体形﹂﹁已然形﹂を持つ。実際の用法から規則、これが国文学者が文法事項を見いだす手法である。﹁う﹂の場合は次のような用法が見られる。
●知ろうが知るまいが︵知らうが知るまいが︶
●〜だろうけれど︵〜だらうけれど︶
﹁けれど﹂﹁が﹂は接続助詞であるが、これは﹁用言﹂及び﹁助動詞﹂にしか付かない︵文法事項の説明は小西甚一の﹁国文法ちかみち﹂によった︶。
このようなオ列長音の表記において、接続助詞の用法を合理的に解釈するためには、﹁う﹂は長音記号などではなく、志向形﹁知ろ﹂や﹁だろ﹂などに助動詞﹁う﹂がついたものと見なすことにしたのである。廣田の説明はだいたいこのような理由があったわけである。助動詞を認めない場合は﹁知ろう﹂全体で一つの活用形﹁語尾の変化﹂と見なして接続の不具合を解消する文法論もあるが、﹁けれど﹂の終止形や﹁が﹂の連体形への接続がうまく説明できないので、間に活用できる助動詞を置いて、接続助詞は助動詞に接続したとするのが一般的である。
エ列長音は以下に従う。一部は字音に関するものである。
●︻エ列長音表音本則︵旧︶︼エ列長音はエを添える︵表音本則の通り︶。
●︻エ列長音準則︵旧︶︼﹁経済︵けいざい︶﹂﹁時計︵とけい︶﹂など、字音に見られる多くのエ列長音は、歴史的仮名遣に準じた﹁イ﹂のままでつづる。
●︻エ列長音表音本則︵新︶︼エ列長音は原則としてイを添える︵表音本則の修正︶。
●︻エ列長音準則︵新︶︼﹁ねえさん﹂など一部の語は表音本則のままでよい。
福田恆存は﹁現代かなづかい﹂でエ列長音は﹁エエ﹂と綴ることを原則としたことで、多くの﹁エイ﹂とつづる例外を設けることになったと批判したが、現代仮名遣いでは︵旧︶の優先順序を変更し︵新︶を採用した。
イ列長音は、音韻の特性から多少複雑になっている。
●︻イ列長音表音本則︼イ列長音はイを添える︵表音本則の通り︶。
●︻イ列長音準則︼﹁言う﹂の場合は﹁ゆう﹂ではなく﹁いう﹂とつづる。語幹変化を認めないためである。
●︻イ列長音準則︼形容詞の語尾が﹁〜しう﹂のイ列長音となる場合、拗音を認めて﹁〜しゅう﹂とつづる。﹁苦しゅうない﹂など。
●︻イ列長音準則︼﹁友︵いう︶﹂﹁邑︵いふ︶﹂などの字音仮名遣は、﹁言う﹂と異なり、﹁ゆう﹂の表記で統一される。
●︻イ列長音準則︼字音のイ列長音が拗音を含む場合、﹁きうり﹂などを﹁きゅうり﹂とつづる。
﹁しい﹂などは本則通りであるが、その他は拗音を含むなど複雑である。現代仮名遣いから見れば、字音仮名遣の﹁友﹂などは﹁ユー︵ユウ︶﹂の音であるから、ウ列長音の表記則に従っていると見なすことができる。
原則として表音主義が徹底され、今まで記述してきた現代仮名遣いの規則でだいたい表記できる。字音仮名遣の次の表記は次の音でつづられることになる。
●︻開拗音︼﹁てふ﹂﹁てう﹂の﹁ちょう﹂、﹁きふ﹂﹁きう﹂の﹁きゅう﹂、など数多くあるが、上述の長音則に当てはまらないもの。
●︻合拗音︼﹁くわ︵くゎ︶﹂﹁ぐわ︵ぐゎ︶﹂は﹁カ﹂﹁ガ﹂の音を表す。
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歴史的仮名遣で「ワ」と発音する「は」「わ」が「わ」に一本化されている。ただし助詞の「は」は変えていない。
「イ」と発音する「い」「ひ」「ゐ」が「い」に一本化されている。
「ウ」と発音する「う」「ふ」が「う」に一本化されている。
「エ」と発音する「え」「へ」「ゑ」が「え」に一本化されている。ただし助詞の「へ」は変えていない。
「オ」と発音する「お」「ほ」「を」が「お」に一本化されている。ただし助詞の「を」は変えていない。
「オー」、「コー」、……と発音する「あう」「あふ」「おう」「おふ」、「かう」「かふ」「こう」「こふ」、……の類いが「おう」、「こう」、……に一本化されている。
「キュー」、「シュー」、……と発音する「きう」「きふ」「きゆう」、「しう」「しふ」「しゆう」、……の類いが「きゅう」、「しゅう」、……に一本化されている。ただし「言ふ」は「い」を変えず「いう」としている。
「キョー」、「ショー」、……と発音する「きやう」「きよう」「けう」「けふ」、「しやう」「しよう」「せう」「せふ」、……の類いが「きょう」、「しょう」、……に一本化されている。
「カ」、「ガ」と発音する「か」「くわ」、「が」「ぐわ」が「か」、「が」に一本化されている。
「ヂ」「ジ」、「ヅ」「ズ」と発音する「じ」「ぢ」、「ず」「づ」が「じ」、「ず」に一本化されている。ただし同音の連呼によって生じた「ぢ」「づ」および二語の連合によって生じた「ぢ」「づ」は変えていない。
﹁現代仮名遣い﹂の内容は、﹁現代かなづかい﹂とあまり変わっていないが、次のような相違点がある。
●助詞の表記
●四つ仮名の表記
●合拗音の表記
これ以外には、エ列長音の表記についての差︵先述︶などがある。
現代かなづかいでは言及はされていないが、助詞の﹁は﹂などは﹁わ﹂と書いても問題がないと解釈されていた︵︽学校教育における﹁現代仮名遣い﹂の取扱いについて︾参照︶。﹁こんにちは/こんばんは﹂を例に挙げて説明する。
挨拶語としての﹁コンニチワ/コンバンワ﹂の﹁ワ﹂をどう書くかについて﹁現代かなづかい﹂は言及していないが、﹁現代仮名遣い﹂では語例として﹁こんにちは/こんばんは﹂を明記し、﹁は﹂と書くことをはっきり主張している。これは当該の﹁は﹂に、副助詞︵係助詞︶としての意味・用法が残存していると見なす表語的立場に立っているためである。つまり﹁コンニチワ﹂は、例えば﹁こんにちは よいお日和でございます。﹂のような文の後半部分が省略されたものだから、歴史的仮名遣と同じように﹁は﹂という語であると考えるわけである。
一方次に語意識をどこまで認めるかの問題であるが、﹁コンニチワ/コンバンワ﹂は既に語源から離れ現在ではもっぱら挨拶言葉︵単独の感動詞︶として用いられている。だから表音主義に従い﹁こんにちわ/こんばんわ﹂と書く方が適切であるとする反論もあり、また同じ助詞の﹁は﹂を語源に持つ﹁いまワの際﹂や﹁来るワ来るワ﹂などは﹁は﹂ではなく﹁わ﹂と書くと﹁現代仮名遣い﹂に注記されている。
これらの点は﹁現代仮名遣い﹂の持つ語意識の曖昧さが原因であり、以下の四つ仮名でも登場することになる。[要出典]
1975年︵昭和50年︶1月に出された﹁﹃ことば﹄シリーズ3言葉に関する問答集1﹂︵文化庁編集︶では、はっきり﹁﹃現代かなづかい﹄では、﹃こんにちは﹄と書き表す。﹂﹁同じように、﹃コンバンワ﹄も﹃こんばんは﹄と書き表す。﹂と書いている。同時期の国語辞典を見ても、﹃広辞苑﹄の仮名見出しのように特殊なもの︵当時の広辞苑の仮名見出しは現代かなづかいではない表音式だった︶を除いて、みな﹁こんにちは/こんばんは﹂という表記法を取っている。
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一重に﹁語意識﹂を働かせると言っても、語源を詳しくたどる方法︵すなわち、歴史的仮名遣におけるような実証的な証明︶から簡単に判別できるものもある。﹁複合語﹂や﹁連濁﹂などは簡単な例である。﹁複合語﹂とは二つ以上の言葉が複合して単語を構成するものを指す。﹁連濁﹂は清音であった言葉が、音韻特性から発音の都合上濁るものをいい、﹁複合語﹂と同じである。濁音は発音の便によるものであり、これらは広義の音便であるが、この場合は音便とは国語学上呼ばない。﹁複合語﹂は﹁二語の連合﹂などとも呼ぶ。
●︽和︾いなずま︵稲妻︶、かたず︵固唾︶、きずな︵絆︶、さかずき︵杯︶、ときわず、ほおずき、みみずく
●︽漢︾せかいじゅう︵世界中︶
●︽和︾うなずく、おとずれる︵訪れる︶、かしずく、つまずく、ぬかずく、ひざまずく、あせみずく、くんずほぐれつ、さしずめ、でずっぱり、なかんずく、うでずく、くろずくめ、ひとりずつ
●︽漢︾ゆうずう︵融通︶
だいたい以上が﹁現代仮名遣い﹂では﹁じ/ず﹂を本則として、﹁ぢ/づ﹂を許容する語例である。一方で﹁ぢ/づ﹂を準則とする、つまり歴史的仮名遣通りのものもある。それが﹁はなぢ︵鼻血︶﹂や﹁みかづき︵三日月︶﹂などの複合語である。先述の﹁かなづかい﹂﹁もとづく﹂なども﹁仮名+つかい﹂﹁元+つく﹂と解されるとする準則である。﹁つづく︵続︶﹂や﹁ちぢむ︵縮︶﹂などは﹁連濁﹂としてその表記を歴史的仮名遣通りに準則とするものである。
ところがここで、語意識とはいったいどこまで働かせるかという問題がある。
ひとつ字音の問題を例に挙げる。﹁中﹂は字音を漢音呉音ともに﹁チュウ﹂と読む。ところが﹁世界中﹂となると﹁セカイジュウ﹂と読む。字音に存在しない音が現れたが、これが﹁複合語﹂が濁る場合の一つの例である。
この﹁世界中﹂の﹁中﹂を﹁じゅう﹂と書くか﹁ぢゅう﹂と書くかについて、﹁現代かなづかい﹂は明記していない。その点について、﹁現代かなづかい﹂を補う形で出された﹁正書法について﹂︵昭和31年国語審議会報告︶では、﹁現代語としては、語構成の分析的意識のないものと考えられる﹂との理由で、﹁じゅう﹂と書くものとし、﹁﹃ぢゅう﹄と書く場合はない﹂としている。
﹁地﹂の字音はどうか。漢音は﹁チ﹂呉音は﹁ジ﹂と読み、字音仮名遣では呉音は﹁ヂ﹂と書く。字音仮名遣では表音主義が徹底されるため、表音主義の本則に従い、呉音は﹁ジ﹂と書かれる。
﹁地震﹂は﹁ジシン﹂﹁地面﹂は﹁ジメン﹂の読みであるが、この﹁ジ﹂は呉音であり、漢音である﹁チ﹂が濁ったものではない。﹁世界中﹂の﹁中﹂や﹁融通﹂の﹁通﹂のように、もとは中国大陸での音韻で﹁チュウ﹂や﹁ツウ﹂[要検証 – ノート]の音だけがあった場合とは異なり、﹁地﹂は中国大陸での音韻において﹁ヂ﹂があり、それが﹁ジ﹂と同化したというわけで、複合語が濁る場合とは異なるのであると説明される。
だから﹁地震﹂は﹁ヂシン﹂﹁地面﹂は﹁ヂメン﹂と綴らない。この清濁の関連性の見極めはなかなか難しいところがあって、字音に﹁ぢ/づ﹂を含む音があるのか、それとも字音で﹁ち/つ﹂のみがありその濁音を含む音があるのか、本質的に異なるこれらの理由を理解するには字音の知識を要する。
「図」は漢音は「ト」呉音は「ズ」と読むので、「図画」「地図」はそれぞれ「ヅガ」「チヅ」でななく「ズガ」「チズ」だという。「圖」が本来の字であって「図」は「囗」の中に「ツ」の変形を入れたことが議論を複雑にしている。
- 字音仮名遣で「ぢ/づ」となる読みを「じ/ず」とする。
- 字音仮名遣で清音「ち/つ」であるが、日本語で用いられる内に濁音になったものの扱い。
- いわゆる国語仮名遣の範疇である和語における「ぢ/づ」の扱い。
﹁現代語としては、語構成の分析的意識のないものと考えられる﹂との理由は、かなり主観的色彩の濃いものであり、客観的で明確な判断基準たり得ないという批判や異論は当時から多くあった。この語意識の問題は、三つ列挙した例のうち後者二つに波及する問題である。
﹁世界中﹂は本来、﹁世界﹂と﹁中﹂の複合語である。﹁現代かなづかい﹂では、原則﹁ぢ/づ﹂は使わず﹁じ/ず﹂を使うとした上で、﹁はな・ぢ︵鼻+血︶﹂や﹁みか・づき︵三日+月︶﹂のように二語の連合︵及び﹁つづく︵続︶﹂や﹁ちぢむ︵縮︶﹂のような同音の連呼︶により連濁が生じた語に限り、例外として﹁ぢ/づ﹂と書くとしている。﹁世界中﹂も二語の連合であるので﹁ぢ﹂と書くべきなのだが、その点については、上記のように﹁現代かなづかい﹂では言及されず、﹁正書法について﹂で、いわば例外のさらに例外として﹁ぢゅう﹂ではなく﹁じゅう﹂と書くと決められたわけである。
国語審議会内部でも議論は紛糾していた。例えば、第3期国語審議会では、﹁現代かなづかい﹂を補強するものとして作成された﹁現代かなづかいの適用について﹂という成案を第29回総会︵1955年︿昭和30年﹀11月10日︶に提出した。この案は、﹁ぢ/づ﹂を適用する例を豊富に示したものであった︵他に﹁オに発音されるほはおと書く。﹂を適用する語や、﹁助詞のはは,はと書くことを本則とする。﹂を適用するものの用例を示していた︶が、総会において、﹁ぢ・じ﹂﹁づ・ず﹂の書き分けの基準が明確でないとの異論が出て、ついに決定するに至らなかった。そのような混乱状況の中で、翌年に出されたのが上記の﹁正書法について﹂という報告である。
その後﹁現代仮名遣い﹂では、﹁世界中﹂﹁稲妻﹂などの語︵挙げられている語例の一覧は下記参照︶について、﹁現代語の意識では一般に二語に分解しにくいもの等として、それぞれ、﹃じ﹄﹃ず﹄を用いて書くことを本則とし、﹃せかいぢゅう﹄﹃いなづま﹄のように﹃ぢ﹄﹃づ﹄を用いて書くこともできるものとする﹂という基準を打ち出している。まとめれば﹁せかいじゅう/いなずま﹂が本則だが﹁せかいぢゅう/いなづま﹂も許容する、ということである。ただ、基準の曖昧さはいまだに残っており、﹁ゆうずう︵融通︶﹂のように常用漢字表の音訓や﹁現代仮名遣い﹂だけでは説明ができないものもある。
﹁現代かなづかい﹂では、﹁注意一﹂として次の文言を掲げていたが、﹁現代仮名遣い﹂ではこれを掲げていない。
●﹁クワ・カ﹂﹁グワ・ガ﹂及び﹁ヂ・ジ﹂﹁ヅ・ズ﹂を言い分けている地方に限り、これを書き分けても差し支えない。
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仮名遣、歴史的仮名遣を参照。
現代仮名遣いに対する批判の一つとして、﹁漢字に依存していて表音的でない﹂ということがある。先に挙げた﹁国語シリーズ﹂では漢字で隠れるから大きな混乱はない、ところが助詞は隠れない、等と述べられている。この漢字依存については、現代仮名遣い以外でも、歴史的仮名遣における﹁鋳る・居る﹂の﹁い・ゐ﹂の使い分けについて金田一京助が﹁漢字に隠れ恥じ無きを得ているのではないか﹂と批判したことがある。
「言う」では認めないのに形容詞のオ列長音では認めるという矛盾など。語幹については上述。
五十音図の成立について、以下のような説がある。
成立過程については諸説あるが、従来からの国語文法において、五十音図が活用を説明する上で便利であり、そこには表記における正則性が認められた。活用は必ず同じ「行」に属する、というわけであるが、現代かなづかい以降生じた文法変更の要請によって、その正則性がくずれた。たとえば、ハ行転呼音によるハ行活用の未然形がワ行になり、それ以外の活用形でのア行と分かれたことである。
これら国語文法は、教育において、以前のものは文語文法、現代かなづかいによる変化を加えたものを口語文法として呼び分けることがあるが、本質は同じ体系の文法論である。その口語文法においては、この変則性を例外であると教えることになる。
語(文語) |
語幹 |
未然 |
連用 |
終止 |
連体 |
已然 |
命令
|
問ふ |
と– |
は |
ひ |
ふ |
ふ |
へ |
へ
|
語(口語) |
語幹 |
未然 |
連用 |
終止 |
連体 |
仮定 |
命令 |
志向 |
音便
|
問う |
と– |
わ |
お |
い |
う |
う |
う |
え |
え |
お |
う
|
上は文語文法のハ行四段活用を行う﹁問ふ﹂の例である。文語文法ではハ行に正則性がある。
口語文法では﹁問う﹂は志向形、音便形を含めたワ行五段活用である。ワ行の名を冠してはいるが、志向形にあるオ列は﹁を﹂ではない。﹁ゐ﹂や﹁ゑ﹂を含めるなら、さらに五十音図のワ行に応じたものではない。口語文法の音便形は﹁問う﹂の場合だけ﹁問う﹂のウ音便となる。活用表の書き方には他に志向形、音便形を命令形の後に書く方法がある︵志向形、音便形は文語文法への付け加えであるからである︶。
原理的に適用が不可能であるはずの古文に対しても無理に現代仮名遣いが適用されている。
- 学校教育において古文を現代仮名遣いに書き換える問題が出題されている。
- 古文である「君が代」の歌詞の「いはほ」が法律上「いわお」とされている。
- ^ 文部省教科書局国語課『五十音順当用漢字音訓表』 文部省、P41
- ^ 文部省教科書局国語課『五十音順当用漢字音訓表』 文部省、P42
- ^ 現代仮名遣い 訓令,告示制定文(文化庁)
- ^ 「森林太郎」は鷗外の本名
- ^ のちの国語審議会は臨時国語調査会を継承した。