田島ナビ
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たじま なび 田島 ナビ | |
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生誕 |
1900年8月4日(123歳) 日本、鹿児島県大島郡荒木 |
住居 | 日本、鹿児島県大島郡喜界町 |
国籍 | 日本 |
著名な実績 |
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配偶者 | 富二子(とみにし、1991年?死去) |
子供 | 9人 |
田島 ナビ︵たじま ナビ、1900年︿明治33年﹀8月4日[2] - ︶は、現在123歳の日本・鹿児島県喜界町在住の長寿の女性。生年月日に確証のある人物において世界最後の19世紀生まれの人物である。
田島は存命中の人物では世界最高齢であり、ジャンヌ・カルマン、サラ・ナウスに次ぐ人類史上3番目に長寿を保っている人物である[1]。また、確かな記録のある人物の中では日本並びにアジアにおける史上最高齢の人物でもある。
人物
鹿児島県大島郡荒木地区で誕生。喜界島に在住し、夫の田島富二子︵とみにし︶と共にサトウキビ農業に勤めた。夫は1991年︵平成3年︶に95歳で死去したとされる[3][4]が、夫が死去したのは田島が92歳の時だった︵その場合、夫が死去したのは1991年ではなく1992年か1993年となる。︶とする報道もあり[5]、夫の明確な没年月日は明らかにされていない。また、夫の生年月日や結婚した年については現在に至るまで公表・報道されたことがない。
夫の死後は長男夫妻の元で生活していた[6]。2002年︵平成14年︶2月に特別養護老人ホーム﹁喜界園﹂に入居した[7]。入居後も杖をついて歩くことが出来たが、転倒による骨折が元で車いす生活を送る[6]。
夫との間に9人の子︵7男2女︶をもうけ、2011年︵平成23年︶の敬老の日の時点で、孫が28人、ひ孫56人、玄孫が35人いた[8]。2015年︵平成27年︶9月の時点では、玄孫の子にあたる来孫を含む140人以上の子孫がいた[9]。2017年︵平成29年︶9月の時点では、約160人の子孫がいた[7]。
1日3回の食事は欠かさず、粥や味噌汁など5品をミキサーにかけたものをとる[10]。元気の良い日はシマ唄に合わせて手踊りをする[11]。
同い年の著名人に杉原千畝、三遊亭圓生、中村汀女、英百合子等がいる。また、イギリス女王エリザベス2世の母、エリザベス・ボーズ=ライアンとは生年月日が同一である。
長寿記録
2011年︵平成23年︶9月地点で鹿児島県内の最高齢者として認定されている[8]。2015年︵平成27年︶4月1日、存命する世界最高齢の人物であった大川ミサヲの死去により、日本で2番目の長寿となる。同年9月27日に東京都在住の女性︵氏名非公表、1900年︵明治33年︶3月15日生まれ︶が死去したため、田島が存命する日本最高齢の人物、世界で4番目の長寿の人物及び日本における最後の19世紀生まれの人物となった[12]。
2016年︵平成28年︶5月12日、スザンナ・マシャット・ジョーンズが死去したことに伴い、115歳282日で世界で3番目の長寿の人物となった。
同年8月4日、116歳の誕生日を迎えた。116歳となったのは、確実な証拠がある中で16人目、また日本では4人目である。
同年9月28日、116歳55日で木村次郎右衛門の年齢を上回り、日本で歴代3番目に長生きした人物となった。
2017年︵平成29年︶1月27日、116歳176日で猪飼たねの年齢を上回り、日本で歴代2番目に長生きした人物となった。
同年4月15日、エンマ・モラーノが死去したことに伴い、116歳254日で世界で2番目の長寿の人物となった。
同年5月8日、116歳277日でガートルード・ウィーバーの年齢を上回り、歴代の世界長寿記録保持者の上位10傑に入った。
同年8月4日、117歳の誕生日を迎えた。117歳となったのは、確実な証拠がある中で8人目、また日本では2人目である。
同年9月1日、117歳28日で大川ミサヲの年齢を上回り、日本人の史上最高齢記録を更新した。同時に世界で歴代7番目に長生きした人物にもなった。
同年9月15日、ヴァイオレット・ブラウンが死去したことに伴い、117歳42日で世界最高齢の人物、並びに年齢に確証のある最後の19世紀生まれの人物となった。
同年12月20日、117歳138日でエンマ・モラーノの年齢を上回り、世界で歴代6番目に長生きした人物となった。
2018年︵平成30年︶2月10日、117歳190日で先代の世界最高齢であるヴァイオレット・ブラウンの年齢を上回り、世界歴代5番目の長寿記録保持者となり、21世紀以降並びに3世紀をまたがって生きた人物の中では最も長く生きた人物となった[13]。
同年3月23日、117歳231日でマリー・メイユールの年齢を上回り、世界歴代4番目の長寿記録保持者となった[14]。メイユールの世界歴代4位の長寿記録が更新されるのは1998年にサラ・ナウスがメイユールの記録を上回って以来、約20年ぶりのことである。
同年4月10日、117歳249日でルーシー・ハンナの年齢を上回り、世界歴代3番目の長寿記録保持者となった[1]。ハンナの世界歴代3位の長寿記録が更新されるのは1998年にサラ・ナウスがハンナの記録を上回って以来、約20年ぶりのことである。
脚注・出典
(一)^ abc “Japanese woman becomes 3rd oldest person in history”. BNO News (2018年4月9日). 2018年4月10日閲覧。
(二)^ “Validated Living Supercentenarians”. Gerontology Research Group. 2015年4月2日閲覧。
(三)^ ︻動画︼国内最高齢・田島ナビさん116歳誕生日︵2016年8月4日時点のアーカイブ︶
(四)^ “鹿児島︶国内最高齢の田島さん116歳 穏やかに暮らす”. 朝日新聞デジタル. (2016年9月20日). オリジナルの2017年9月17日時点におけるアーカイブ。 2017年12月27日閲覧。
(五)^ 子孫140人…発酵飲料好み、よく食べ 国内最高齢117歳の田島ナビさん テンプレート {{ja icon}} を使ってください。
(六)^ ab“子孫140人…発酵飲料好み、よく食べ 国内最高齢117歳の田島ナビさん”. (2017年9月15日) 2017年9月22日閲覧。︵2017年9月22日時点のアーカイブ︶
(七)^ ab“117歳 世界一へ県民栄誉検討 田島ナビさんを知事訪問 鹿児島県喜界町”. (2017年9月19日) 2017年9月21日閲覧。︵2017年10月28日時点のアーカイブ︶
(八)^ ab広報きかい 平成23年︵2011年︶10月号 (PDF) の8ページ目。︵広報きかいバックナンバー︶
(九)^ “﹁ナビばあちゃんちばりよー﹂/喜界町の田島さんに県祝い状”. 南海日日新聞 (2015年9月16日). 2015年11月21日閲覧。
(十)^ “国内最高齢 116歳の田島ナビさん 三度の食事欠かさず 喜界町 /鹿児島”. 毎日新聞 地方版 (2016年9月16日). 2017年5月26日閲覧。 [リンク切れ]
(11)^ “鹿児島︶国内最高齢の田島さん116歳 穏やかに暮らす”. 朝日新聞 (2016年9月20日). 2017年9月22日閲覧。
(12)^ 国内最高齢の女性死去=都内の115歳-厚労省︵2015年9月28日時点のアーカイブ︶ 時事ドットコム 2015年9月28日
(13)^ “Japanese woman becomes 5th oldest person in history”. BNO News (2018年2月10日). 2018年2月10日時点のオリジナルよりアーカイブ。2018年2月23日閲覧。
(14)^ “Japanese woman becomes 4th oldest person in history”. BNO News. (2018年3月22日) 2018年3月23日閲覧。
関連項目
●スーパーセンテナリアン
●ジャンヌ・カルマン - 世界史上最長寿の人物︵122歳没︶。田島の誕生日である8月4日は、カルマンの亡くなった日でもある。
●泉重千代 - 日本及び世界でかつて史上最長寿の人物︵120歳没︶とされていたが、年齢には異論があり、ギネス世界記録は2012年に泉の記録を取り消している。田島と同じ奄美群島出身であるという関連性もある。
●小林やと - 泉重千代に抜かれるまで日本史上最長寿の人物︵118歳没︶とされていたが、ギネス世界記録はこれまでに正式な記録として一度も認定していない。
●木村次郎右衛門 - 男性としては日本及び世界史上最長寿のギネス世界記録を持つ人物︵116歳没︶。世界最後の19世紀生まれの生き残りの男性であった。
●野中正造 - 現在日本及び世界男性最高齢の人物。
記録 | ||
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先代 (氏名非公表) |
存命人物のうち日本最高齢 2015年9月27日 - |
次代 (記録保持者) |
先代 大川ミサヲ |
歴代の日本最高齢 2017年9月1日 - |
次代 (記録保持者) |
先代 ヴァイオレット・ブラウン |
存命人物のうち世界最高齢 2017年9月15日 - |
次代 (記録保持者) |