コンテンツにスキップ

「美術史」の版間の差分

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
削除された内容 追加された内容
m編集の要約なし
m編集の要約なし
2行目: 2行目:

16[[]][[]][[]][[西]][[]][[]][[|]][[]][[]][[]][[]][[]][[]][[]][[]]

16[[]][[]][[]][[西]][[]][[]][[|]][[]][[]][[]][[]][[]][[]][[]][[]]


== 美術史への懐疑 ==

== 美術史とは ==

従来の美術史は、巨匠・天才が遺した傑作について研究・記述するものであり、美術館に収蔵されるような、いわゆるハイ・アートが中心に扱われてきた。

従来の美術史は、巨匠・天才が遺した傑作について研究・記述するものであり、美術館に収蔵されるような、いわゆるハイ・アートが中心に扱われてきた。









以下で、まず一般的(伝統的)な美術史から記述を始める。

以下で、まず一般的(伝統的)な美術史から説明する。



== 美術史へのアプローチ ==

== 美術史へのアプローチ ==


調調調[[]]

美術史の方法として、作家の伝記的事実や作品の履歴の調査、作品の形態分析や図像学といったものが挙げられる。作家の経歴、作品の成立時期などの調査では、文献調査も重要であり、作品そのものも[[史料]]として扱われる。ある作品がどのような時代背景の中、誰のために描かれたか、またどのようにして今日まで伝えられてきたか、といったことを知ることは作品理解に欠かせない。作品の形態分析としては、同じ主題(例えば聖母像)を様々な作家がどのように表現したかを比較したり、先行作品からの影響関係などがテーマになる。図像学(イコノグラフィー)は、絵画作品に描かれた動植物や人物などにどのような意味が込められているか(例:百合の花は純潔を表す)を読み解こうとするものである。絵画に描かれている一つ一つのものは、注文者の意向も考慮しながら慎重に選択されるのが通例であった。



== 美術史の歴史 ==

== 美術史の歴史 ==

22行目: 22行目:

:ハインリヒ・ヴェルフリンは『美術史の基礎概念』(1915年)でルネサンス美術と[[バロック]]美術を対比させ、「様式史」の概念を確立した。例えば、平面的なルネサンスに対し、奥行きのあるバロックなどの対比的な特徴を挙げた。

:ハインリヒ・ヴェルフリンは『美術史の基礎概念』(1915年)でルネサンス美術と[[バロック]]美術を対比させ、「様式史」の概念を確立した。例えば、平面的なルネサンスに対し、奥行きのあるバロックなどの対比的な特徴を挙げた。



*図像解釈学(イコノロジー)

*図像解釈学([[イコノロジー]]

:[[エルヴィン・パノフスキー|パノフスキー]]が『イコノロジー研究』(1939年)で提唱した概念。絵画の背後にある作家の心理、世界観まで解釈しようとするもの。

:[[エルヴィン・パノフスキー|パノフスキー]]が『イコノロジー研究』(1939年)で提唱した概念。絵画の背後にある作家の心理、世界観まで解釈しようとするもの。



32行目: 32行目:


*ニュー・アート・ヒストリー

*ニュー・アート・ヒストリー

1980年頃に盛んになった研究の動向、従来の美術史がいかにヨーロッパ中心であったか、男性中心であったかなど美術史が当然の前提としていたものを問い直そうとした。[[ポストコロニアリズム]]や[[フェミニズム]]などの動向とも結び付いていた。

1980年頃に盛んになった研究の動向を指し、従来の美術史がいかにヨーロッパ中心であったか、男性中心であったかなど、従来の美術史が当然の前提としていたものを問い直そうとした。[[ポストコロニアリズム]]や[[フェミニズム]]などの動向とも結び付いていた。



*ビジュアル・カルチャー[[:en:Visual culture]]

*ビジュアル・カルチャー[[:en:Visual culture]]

40行目: 40行目:


== 各論 ==

== 各論 ==

*[[西洋美術史]]

*[[日本美術史]]

*[[日本美術史]]

*[[東洋美術史]]

*[[東洋美術史]]

*[[西洋美術史]]



== 関連項目 ==

== 関連項目 ==


2006年5月19日 (金) 16:28時点における版


16西








調調調




155021568調



17551764



1915



1939



canon






1980

en:Visual culture




各論

関連項目