AUDIO PLANNING Uが1981年にAPUスタジオ(エーピーユースタジオ)として東京都渋谷区に設立した。2003年に東京都目黒区高性能の機材と設備が整った新スタジオを完成させ、名前もAPU MEGURO STUDIOに改名。タバックと並ぶ日本のアニメアフレコスタジオの代表格である。
大山のぶ代の著した「ぼく、ドラえもんでした 涙と笑いの26年うちあけ話」の収録エピソードで、旧スタジオは消音のために床を絨毯で覆っていたが、目黒の新スタジオでは床を木製のフローリングにし、壁も木を張り巡らせて音響効果抜群になったという事が語られている。