ドイツ・オーストリア音楽(読み)どいつおーすとりあおんがく

日本大百科全書(ニッポニカ) の解説

ドイツ・オーストリア音楽
どいつおーすとりあおんがく


使1920


ドイツ・オーストリア音楽の範囲

かりにドイツ・オーストリア音楽という単位で過去の音楽文化を考えてみようとすれば、カロリング朝の成立(751)以来のその地域における、(1)ラテン語・フランス語・イタリア語を含む、宮廷社会で通用していたあらゆる言語、(2)その地域に生きた人々が使用したあらゆる言語、(3)やがて公用語となったドイツ語が結び付き、またそれらの言語を通して思考された、ハイ・カルチャーとしての音楽文化というくくりであろう。ここにエスニックなロー・カルチャーを含めないのは、それを「ドイツ・オーストリア音楽」という、国民・国家・民族をくくるナショナルな概念で覆ってしまうわけにはいかないからである。とはいえ、グレゴリオ聖歌がこの地に伝播(でんぱ)してくるのは神聖ローマ帝国成立(962)前後のことと思われ、それ以前のこの地における音楽について論ずるのは音楽考古学の今後の課題の一つであろう。ナポレオン戦争によって1806年に解体するまでの神聖ローマ帝国の長い歴史と絶えず変動するその広大な版図は、単一的な文化圏を形成するにはあまりにも複雑な成り立ちと実質をもっていたので、音楽文化に関しても、それを過去から現在まで一貫した一つの考察単位として設定することは不可能である。むしろ、ここでその理由を歴史的流れに沿って、簡略化して説明したほうが目的にかなうであろう。

[大崎滋生]

両地域音楽の成り立ち


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18・19世紀

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過去の音楽の復興

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20世紀以降

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 21


歴史的変遷

ドイツとオーストリアは、確かに緊密な関係で結ばれているとはいえ、それぞれ固有な音楽文化を誇っている、といわなければならない。以下、音楽史上におけるドイツ、オーストリアの際だった貢献を、時代順に列挙しよう。

[中野博詞]

中世からルネサンス時代

グレゴリオ聖歌の受容など、ドイツ、オーストリアは、古代・中世以来豊かな音楽文化を育成しているが、その特質を鮮明に打ち出すのは、ドイツ語による世俗歌曲の先駆けとなる12~14世紀の貴族的なミンネゼンガーの歌曲と、15~16世紀の市民的なマイスタージンガー(工匠歌人)の歌曲である。

 ルネサンス時代には、オーストリアでは、外国出身の作曲家イザーク(1450―1517)、ゼンフル(1486ころ―1543ころ)らとともに、自国のホーフハイマーPaul Hofhaimer(1459―1537)も活躍したマクシミリアン1世の宮廷をはじめ、ハプスブルク家の歴代の宮廷音楽がとくに注目される。ドイツでは、前述のプロテスタント教会音楽が開発された。

[中野博詞]

バロック時代

バロック時代においては、音楽に関する先進国はイタリアであるが、やがてドイツ、オーストリアは音楽史の前面に登場してくる。ドイツにおいては、シュッツ(1585―1672)、J・S・バッハらに代表されるプロテスタント教会音楽が全盛を迎えるとともに、器楽も急速に発展する。オルガン音楽では、「前奏曲とフーガ」などの自由楽曲とコラール編曲という二つの楽種が確立され、チェンバロあるいは器楽合奏のための組曲も生み出された。ドイツ語によるオペラの成立には、1678年開設されたハンブルクの公開歌劇場で活躍した作曲家たちが貢献している。一方、オーストリアにおいては、バロック時代のハプスブルク家の宮廷楽長の大半がイタリア人であり、オーストリア人の楽長がシュメルツァーJohann Heinrich Schmelzer(1623ころ―1680)とフックスJohann Joseph Fux(1660―1741)のみであったように、イタリア音楽が支配的であった。しかし、オーストリアのバロック音楽を締めくくるフックスは、イタリアの伝統的な対位法様式を土台にして、自国の民族的要素やフランス音楽の特質を加味したオーストリアならではの国際的な様式を築き上げた。

[中野博詞]

古典派時代

ハイドン、モーツァルト、ベートーベンの古典派音楽がウィーンに開花したように、18世紀後半から19世紀初頭に至る音楽史では、オーストリアが頂点にたった。とくに、前古典派のあらゆる器楽形式を実験しながら、古典派器楽の基本形式としての多楽章からなるソナタの形式を案出したハイドンの存在が注目される。ハイドンは単にモーツァルト、ベートーベンの先駆者であるばかりでなく、形式や様式のさまざまな試みと成果の豊かさにより、自身まさに古典派を代表する大作曲家であった。

[中野博詞]

ロマン派時代

19世紀ロマン派も、ドイツ、オーストリア音楽の時代である。ドイツにおいては、ウェーバー(1786―1826)によってドイツの国民的なオペラが生み出され、やがてワーグナー(1813―1883)の楽劇で頂点に達する。ここでとくに注目すべきは、音楽と他芸術との融合をドイツの作曲家たちが積極的に推し進めたことであろう。総合芸術論を基礎としたワーグナーの楽劇とともに、音楽と他芸術を結び付けた標題音楽、なかでもリスト(1811―1886)が創始した交響詩は、ドイツ音楽の新たな特質となった。一方、オーストリアにおいては、19世紀初頭にランナーJoseph Lanner(1801―1843)とJ・シュトラウス1世(1804―1849)によって確立されたウィンナ・ワルツが、J・シュトラウス2世(1825―1899)の出現によって一世を風靡(ふうび)した。19世紀後半に入ると、ウィンナ・オペレッタがJ・シュトラウス2世などによって作曲され、オーストリア音楽に新たな魅力を加えた。ドイツにおけるワーグナーの楽劇とリストの交響詩は、R・シュトラウス(1864―1949)によってそれぞれ極限にまで発展させられた。一方、オーストリアの作曲家たちも、ワーグナーから大きな影響を受けたとはいえ、ブルックナー(1824―1896)は教会音楽と交響曲に、ウォルフ(1860―1903)は歌曲に、マーラー(1860―1911)は交響曲と歌曲に専心し、ドイツのR・シュトラウスとは異なる道を歩んだのである。

 オペラと交響詩のほか、ロマン派音楽の基調をなすのは歌曲であり、シューベルト(1797―1828)、シューマン(1810―1856)、ブラームス、ウォルフ、マーラー、R・シュトラウスの活動には、多くの場合ドイツとオーストリアが交錯する。ピアノ小品の出発点には、シューベルトとメンデルスゾーン(1809―1847)が位置している。管弦楽あるいはオーケストラ音楽の分野では、メンデルスゾーン、シューマン、リスト、R・シュトラウスのドイツの流れと、シューベルト、ブルックナー、マーラーのオーストリアの流れが対立し、ブラームスは両様式を兼備した。

[中野博詞]

20世紀以降

20世紀では、十二音技法を開拓したシェーンベルク(1874―1951)とその弟子たち――ウェーベルン(1883―1945)、ベルク(1885―1935)の新ウィーン楽派が、オーストリアでは際だった存在であった。ドイツでは、新即物主義のヒンデミット(1895―1963)のほか、オルフ(1895―1982)、フォルトナー(1907―87)、オペラの分野で活躍したヘンツェ(1926―2012)、セリー音楽や電子音楽など前衛的な姿勢をとったシュトックハウゼン(1928―2007)が、とくに注目された。

 なお、ドイツとオーストリアは、ともに民俗音楽の宝庫でもあるが、ヨーデル歌唱や、チター、アルペンホルンなどの民族楽器が、とくに広く親しまれている。

[中野博詞]

『アリス・M・ハンスン著、喜多尾道冬・稲垣孝博訳『音楽都市ウィーン――その黄金期の光と影』(1988・音楽之友社)』『渡辺護著『ウィーン音楽文化史』上下(1989・音楽之友社)』『J・A・スミス著、山本直広訳『新ウィーン楽派の人々』(1995・音楽之友社)』『フランチェスコ・サルヴィ著、畑舜一郎訳『モーツァルトと古典派音楽』(1997・ヤマハミュージックメディア)』『音楽之友社編・刊『ドイツ・オペラ』上下(1998~1999)』『エリック・リーヴィー著、望田幸男監訳、田野大輔・中岡俊介訳『第三帝国の音楽』(2000・名古屋大学出版会)』『クロード・ロスタン著、吉田秀和訳『ドイツ音楽』(白水社・文庫クセジュ)』

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 の解説

ドイツ・オーストリア音楽
ドイツ・オーストリアおんがく

中世のドイツではグレゴリオ聖歌をパラフレーズ (補足的な言い換え) したトロープスが多数作られ,またミンネジンガーマイスタージンガーの世俗音楽が盛んであった。 15世紀にはフランドル楽派の H.イザークらが多くポリフォニー音楽を書いたが,一方ルターの宗教改革によりコラールが生れ,その後のドイツ音楽の基礎となった。バロック時代のシュッツ,バッハに続いて,マンハイム楽派や北ドイツ楽派が古典派の扉を開き,ハイドン,モーツァルト,ベートーベンにより頂点に達した。さらにシューベルト,シューマン,リスト,ワーグナー,ブラームスらのドイツ・ロマン派音楽が開花し,シュトラウスを経て,20世紀においてもシェーンベルクらの 12音音楽,P.ヒンデミットらの新古典主義,K.シュトックハウゼンらの電子音楽など,常に指導的な地位を占めている。

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