改訂新版 世界大百科事典 「バッタ」の意味・わかりやすい解説
バッタ (蝗)
grasshopper
locust
生態
バッタ類は,草原や林縁部の草上とか草原の間の裸地上,乾燥荒原,河原のれき上などで生活し,海浜の砂上や熱帯林内の林床や樹上にすむ種も知られている。いずれにしても食葉性で,とくに単子葉類のイネ科植物を好むものが多い。交尾は雄が大きい体の雌の背上に乗った姿勢で行う。産卵は,上下1対の産卵弁を開閉しながら土を掘り,掘り進むにつれ腹部を少しずつくり出し,腹部長が正常時の2倍くらいになるまで細い穴を掘ってその底に泡の塊をつくり,その中に卵を産みつけるが,短時間のうちにそれは卵塊を含んだ卵鞘に変わる。卵鞘は保温や害敵を防ぐのに役だつ。卵は両端が卵円形の細長い円筒状。 熱帯地方の非休眠卵は別として,日本のような温帯地のバッタ類のほとんどは卵で越冬し,年1~2回の発生であるが,ツチイナゴのように成虫で越冬する種もある。変態は不完全で,幼虫は1齢幼虫から成虫に似るが,翅はない。3齢以後,翅となる部分の翅包が発達し,終齢である5~6齢の皮膚を脱ぎすてるとりっぱな翅をもった成虫となる。幼虫は孵化︵ふか︶後はすぐにばらばらに生活し,草を食べて成長する。 孵化したときに個体群密度が高く,その後もその傾向が続くと,周囲の個体と影響し合い,体色や性質などに変化を起こす。トノサマバッタやアフリカからインドにかけてみられるサバクトビバッタなどでは,体を身軽にし,飛行しやすい性質に変化する。これらのバッタの群集は個体群密度が高いため,居住しているところや周辺の食物をたちまち消費してしまうので,新たな食物生育地を目ざして移動する。このときの大群の移動が飛蝗︵ひこう︶︵トビバッタ︶として知られ,ことに農作物に大被害を与えることで恐れられている。飛蝗とならなくても,害虫もしくは害虫化の傾向をもつバッタ類は多数あり,日本のイナゴなどはその代表例である。こうしたバッタは現在は農薬で抑えられているものの,農薬をまかなくなると,たちまち勢力を回復することが知られているから,つねに監視することが必要である。種類
バッタの代表は,日本ではトノサマバッタやショウリョウバッタで,ふつう草原や荒地によくみられる。イナゴは稲田や河原などにみられ,河原にはまたカワラバッタがいる。ほかにクルマバッタやヒナバッタ類,ミヤマフキバッタなどのフキバッタ類,オンブバッタなどがある。バッタ類の化石は第三紀から現れるので,祖先種の一部は白亜紀ころから出現していたであろうと考えられ,コオロギ類などよりははるかに新しい群である。なお,バッタ類近縁群にヒシバッタ類やノミバッタ類など,小型でまとまった群がある。 なお,伝統的に日本では,聖書︵例えば旧約聖書︽出エジプト記︾10‥13~14︶や欧米の文学書などを翻訳する際,飛蝗︵トノサマバッタ,サバクトビバッタなど︶のことを︿イナゴ﹀と訳してきたが,これは︿バッタ﹀と訳すべきものである。この飛蝗は中国,アフリカなどで昔から大害を与えてきている。 執筆者‥山崎 柄根中国の駆蝗習俗
飛蝗の大群が襲来して,緑という緑を食いつくすありさまは,パール・バックの名作︽大地︾にも描かれるように,凄絶︵せいぜつ︶をきわめる。中国では古くから,官吏が貪欲︵どんよく︶苛虐であると飛蝗が飛来し,まごころをそなえていれば飛びすぎていくと信じられた。また飛蝗の害は大戦乱のあとに発生することが多かったので,戦死した兵卒の冤魂︵えんこん︶が飛蝗に化するなどともいわれ,7月の中元節前後には,成仏できない亡者の冥福を祈って︿目連戯﹀が上演された。各地には,飛蝗を駆除する農事神︿駆蝗神﹀も祭られたが,よく知られているのは,江蘇・浙江地方を中心とする︿劉猛将︵りゆうもうしよう︶﹀と河北地方の昆虫を統べる︿虫王爺︵ちゆうおうや︶﹀である。劉猛将は,清の雍正︵1723-35︶初年には江南各県に廟宇︵びようう︶が建てられ,正月13日に祭礼がいとなまれたという。蝗害は食物の供給にかかわる一大社会問題をひき起こすだけに,駆蝗神は農事にたずさわる民衆の切なる祈りの表れといえる。 執筆者‥堀 誠欧米での呼称
英語でバッタをさすことばとして,まず該当するのはgrasshopperである。そしてその代表的な種類としてはマキバヒナバッタChorthippus parallelus︵英名meadow grasshopper︶があげられるであろう。︿地上の詩︵うた︶は死に絶えてはいない--﹀という有名な句で始まるJ.キーツの︽バッタとコオロギに寄せて︾という詩の中で歌われているバッタも,この種のものと考えてさしつかえあるまい。触角の短いバッタ科の昆虫である。触角の長い,日本のキリギリス,クツワムシ,ツユムシのようなキリギリス科のものは,イギリスではbush cricketといっている。 アメリカでは,locustという語をよく使うが,︿むさぼり食らう人﹀︿破壊的な人﹀という意味もあるように,この語は大発生して移動し,農業に大害を与える飛蝗すなわちトビバッタ︵トノサマバッタの類︶をさす。19世紀のアメリカにはたびたび蝗害があったために,locustということばは,ふつうのバッタ,イナゴ,そしてセミをさすときにも︿害虫﹀のイメージを伴っている。またアメリカではキリギリス科のものをkatydid︵catydid︶と称するが,それはこれらの虫の声がKaty-Did-Katy-Didn'tと聞こえるからであるという︵Katy,Catyは女性の名Katherine,Catherineの略︶。つまりこれは欧米における虫の声の数少ない聞きなしの例であることになる。 フランスでは主としてバッタ科のものをクリケcriquetと呼び,キリギリス科のものをソトレルsauterelleと呼んでいる。前者はバッタのキチキチという羽音もしくは鳴声︵彼らは︿クリック﹀と表現する︶から,後者は跳ぶsauterという動詞から来たものである。したがって飛蝗はcriquet pèlerinまたはcriquet voyageurと呼ぶのが正しいとされているが,誤用の例はきわめて多い。またlocusteという語もバッタの意味で用いられる。 →蝗害 →飛蝗 執筆者‥奥本 大三郎出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報